第487話 ガオの決意
――結局、白狼騎士団は本当に引き返してしまい、渡された食料に関しても調べた限りでは毒物の類は一切無く、本物の食料である事が判明した。その食料に対してガームはどうするべきか悩み、結局は餓死寸前の兵士達に分け与える事にした。
久しぶりのまともな食料に兵士達は涙を流し、じっくりと味わった。彼等はこの数日は碌な食料も得られずに精神的に追い詰められていたが、食料を口にした事で一気に元気を取り戻す。だが、食料の提供源がリル王女という事もあって陣内では彼女を指示する兵士達も現れ始める。
「なあ、こんなに美味い飯を食わせてくれたリル王女様と、本当に俺達は戦わないといけないのか?」
「馬鹿、今更何を言ってんだ……あの人を討ち取らない限り、この戦は終わらないんだぞ」
「でもよ、本当にガオ王子がこの国を治める事が出来るのか?俺はガオ王子の事は良く知らないけど、リル王女様の噂はよく耳にするぜ。武勇も優れているし、民衆からも人気が高いんだろう?」
「そもそもリル王女様がその気になればガーム将軍も軍団長も捕まっていたんだろう?正直、俺はあの人に勝てる気がしねえよ……勇者も味方に付いているみたいだしな」
食事を行いながら兵士達は話し合いを行い、今まではガームや軍団長の言われるがままに彼等は戦う事を決意していた。しかし、リルの施しによって久しぶりのまともな食料を口にした兵士達のリルの印象は変わってしまう。
その様子をガームは兵士達に気付かれないように確認すると、彼は重苦しい表情を浮かべながらも幕舎へ向かう。そしてベッドの上に横たわっているツルギに視線を向け、彼は苦し気な表情を浮かべていた。
「師よ……具合はどうだ?」
「ぐううっ……」
ガームが話しかけてもツルギはまともに話す事も出来ず、目を閉じたまま動かない。レイナによって状態が「麻痺」に変化されたツルギは現在は回復薬を飲んで身体を休めているが、特に様子が変わる気配はない。
得体の知れない攻撃で身体を麻痺された以上、毒物の類か、あるいは別の要因で身体を麻痺に追い込まれたとしか思えず、治癒魔導士も治療方法が分からないという。そんなツルギの姿を見てガームは黙ってガオの幕舎の方へと向かった。
「ガオ、いるか?」
「叔父上……何か用ですか?」
幕舎の中にはいるとガオはベッドに腰かけた状態で剣を手に掴んでいた。その剣はかつてガオが誕生日の時に国王から授かった物であると気づき、未だに彼が父親の死を引きずっている事を悟ったガームは彼の隣に座る。
「ガオ……お前はこの国の国王になりたいと思っているか?」
「……正直、もうそんな気はもう失せました。確かに父上のように立派な国王になりたいとは思っていましたが、今はもう……何もかもが嫌になりました」
「気持ちは分かる」
ガオの立場からすれば義理の姉にあっさりと捕まり、更にはあっさりと手放されてしまった。リルがその気ならばガオを捕縛した時点で戦を終わらせる事も出来ただろう。だが、それでは彼女はガームは納得しないと判断し、敢えて手放したのだ。
リルの目的はガームとガオが心から降伏を申し込んでくる事は間違いなく、もうガオの方は心が折れていた。そしてガームの方も絶対の自信があった自分の軍隊があっさりと翻弄され、更には信頼していたツルギが戦の発端だったと知っては心が落ち着かずにはいられない。
「叔父上、もう僕に遠慮しないでください……どうか、僕を捕縛して姉上に送り込めばきっと今回の騒動も許してくれえるでしょう」
「馬鹿者、お前は俺の甥だ。決して見捨てたりはせん」
「いいえ、姉上もきっと僕を殺すような真似はしないでしょう……もう、僕は疲れた。あんな人に勝てるはずがなかった。分を弁えるべきだった……叔父上、僕はもう負けたんです」
「ガオ……」
心が敗北を認めたガオはその場で俯き、そんなガオの姿を見てガームは心が揺れる。これ以上に無理に戦を続けてもガオを追い詰めるだけではないか、そもそも勝ち目のない戦を続けて兵士達を苦しむべきかという悩みも重なり、やがて彼は決断を下す。
「分かった。お前がそこまで言うのならば共に投降しようではないか、後の事はリル王女に任せよう」
「叔父上……申し訳ありません」
「お前の謝る事ではない。さあ、立て」
二人は顔を見合わせると苦笑いを浮かべ、共に立ち上がる。降伏を決意した瞬間に一気に心が晴れたような気分へと陥り、二人は共に幕舎を出ていこうとした瞬間、何処からか声が響いた。
「そうはさせんぞ……!!」
「えっ……ぐあっ!?」
「ガオ!?」
突如として外側から幕越しに刃が突き出され、ガオの背中に突き刺さる。それを見たガームは目を見開き、やがて布を切り裂いて顔色を青白くさせながらもツルギが姿を現す。
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