第486話 退散

「……確かに禍々しい剣だ。どう見ても普通の剣ではない。我が師がこんな剣を持っているなど俺は知らなかった。だが、それだけでは我が師が裏切ったと断定は出来ん」

「なら聞くが、今回の戦を仕掛けるように促したのは誰なのかを証明してもらおう。レイナ君、頼んだ」

「あ、はい。それじゃあ、皆。嘘偽りなく答えてね」

『はいっ!!』



レイナは軍団長に話しかけると、全員がレイナの言葉に従い、彼等はガームに自分達が戦を勧めた理由を話す。



「ガーム将軍!!私はツルギ殿に説得され、王都へ攻め込むように言われました!!」

「私もです!!ツルギ殿が家に訪れ、この国の未来のためにリル王女を討つべきだと言われました!!」

「俺もツルギ殿に勧められ、それが将軍のためになるといわれ……」

「何だと……それは本当の話なのか?」

「ぐぐぐっ……!!」



あっさりと自白した軍団長達にツルギは憎々し気な表情を浮かべ、一方でツルギの方は自分に戦を仕掛けるように促してきた配下たちがツルギに説得されていたという話を聞いて驚く。


しかし、魅了の能力で操られた配下たちの言葉を鵜呑みには出来ず、レイナが彼等に指示して都合のいい事を言わせているだけという可能性も残っていた。だが、ここでリルが口を挟み、ガームに現在の立場を理解させる。



「ガーム将軍、もうこの軍勢は我々によって掌握されている。軍団長も兵士もレイナ君の能力によって我々の味方に付いている。ガオも見ての通り、私の元に戻ってきた。この状況でも貴方は一人で戦うつもりか?」

「ぐうっ……」

「それでも降伏しないというのであれば……レイナ君、魅了を解除してくれ。彼等を解放するんだ」

「えっ……いいんですか?」

「リル様!?」

「え、マジで言ってるんですか?」



リルの言葉にレイナだけではなく、他の団員も驚愕の表情を浮かべる。しかし、リルは本気なのかレイナに対して頷き、仕方なくレイナも言われるがままに魅了の能力を解除した。


魅了の能力はレイナの任意で解除する事が出来るため、魅了によって虜にした者達の前でレイナは指を鳴らす。すると次の瞬間、彼等は正気を取り戻したような表情を浮かべ、慌ててガームの元に駆けつける。



「うおっ!?こ、これは……」

「我々は何を……」

「しょ、将軍!!お見苦しい所を……」

「お前達……本当に魅了を解除されたのか?」



軍団長が正気を取り戻す光景を見てガームは驚愕の表情を浮かべ、更にリルは傍に控えさせていたガオの肩に手を置き、彼の元へ向かうように指示した。



「ガオ、お前も戻るんだ」

「えっ……あ、姉上?」

「こうしなければ将軍は信じてくれないだろう。だが、一つだけ言っておくぞ。もしもまた戦うつもりなら今度は容赦はしない……私の全力を以てお前を討つ。その事を肝に銘じておけ」

「ひいっ!?」



ガオは慌ててガームの元に駆け寄ると、軍団長だけではなく、今回の戦の最重要人物であるガオも解放した事にガームは動揺を隠せない。


レイナはリルの元に戻ると、魅了を解かれた軍団長と兵士が駆けつけ、白狼騎士団を取り囲む。状況的には一気に不利になったと思われるが、リルは堂々とした表情で質問を行う。



「軍団長達よ!!もう君たちは解放された、それでも敢えてもう一度質問しよう!!本当に君たちは今回の戦を仕掛けたのは君たち自身の意思なのか!?」

『…………』

「……まさか、本当に我が師に説得されたのか?」



リルの言葉に軍団長達は言い返す事が出来ず、魅了に掛かっていた時の言葉が真実である事を悟ったガームは衝撃の表情を受けた。誰よりも自分の味方だと信じていた人物が実は戦を仕掛けさせようとした張本人だと知らされ、動揺を隠しきれない。


彼等の様子を確認してリルは納得した表情を浮かべると、改めてガームとガオと向き直る。ガームは何を信じればいいのか分からず、ガオの方も自分があっさりと解放された事に呆然としていた。



「ガーム将軍、ガオ、私達はこのまま引き返させてもらう」

「リル様、本気ですか!?」

「ちょっとちょっと、ここで引き返したら今度は私達が狙われるんじゃないですか?」

「それはない、ガーム将軍は敵の背中を斬るような真似をする卑怯者ではない」

「ぬうっ……!!」



ガームはリルの言葉に表情を険しくさせ、本来ならば自分達は敗北寸前にまで追い込まれていた。しかし、リルは敢えて勝機を見逃し、味方に付けていた軍団長と兵士達を解放した。


更に彼女は騎士団に指示を出すと、騎士団が運んでいた食料が乗った荷車を運び出す。陣内に入り込んだ食料を見てガームは驚き、そんな彼に対してリルは堂々と言い放つ。



「ここに運んできた食料は好きにしていい。流石に8万人の兵士が満足する分の食料ではないだろうが、それでも全員に行き届くだけの食料はあるだろう」

「な、何だと!?」

「言っておくが、これは情けからの施しではない!!仮に貴方達が食料を口にしていたとしても我々が勝つ事は間違いない!!分かりやすく言えばこれは「余裕」だ!!我が軍が負ける要素は一切ない……皆、退くぞ!!」



リルは本当に食料だけを置いて白狼騎士団と共に堂々と帰還を行い、その後ろ姿を見てガームは歯を食いしばるが、将軍として味方を解放され、更には貴重な食料を分け与えられた時点で彼にその背中に剣を向ける事は出来なかった――

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