第485話 ガームの説得

「ふうっ……ハンちゃんが無事で良かったよ」

「うぷぷっ……レイナ殿、おっぱいが苦しいでござる」



安心したレイナはハンゾウを抱きしめると、彼女の豊かな胸に挟まれたハンゾウは少し照れくさそうな表情を浮かべる。その一方でガームは何が起きたのか理解できず、ツルギの方も倒れたまま動けない。


ハンゾウを解放したレイナは自分が手にした紅月に視線を向け、所持しているだけで嫌な予感を覚えた。聖剣と違って魔剣の類は所有者以外に触れても特に拒否反応は示さず、とりあえずは地面に突き刺す。



「さてと……ガーム将軍、どうか俺達の話を聞いてくれませんか?」

「ぐっ……ガオを何処へやった!!」

「ガーム将軍、私もガオもここにいるぞ!!」



レイナの言葉にガームは武器を構えようとしたが、そんな彼の背後から聞きなれた声が響く。その声を聞いた瞬間、ガームは驚いて振り返ると、そこには意気消沈したガオと共に歩くリルの姿が存在した。


陣内に敵の総大将であるリルとガオが並んで歩いている姿にガームは驚き、しかも二人だけではなく、白狼騎士団の面々も存在した。数百人の騎士が既に陣内に侵入を果たしているという事実にガームは驚愕し、見張りは何をしていたのかと疑問を抱く。



「な、何故……お前達がここにいる!?」

「見張りは既にそこにいるレイナ君に篭絡されていてね。簡単に正面から入れて貰ったよ」

「その言い方は止めてください、怒りますよ」



リルがレイナを指差して既に陣内の見張りを行っている兵士もレイナの「魅了」によって陥落している事を話し、彼女は白狼騎士団と共に堂々と陣内へと潜り込む。ガームはその話を聞いて悔し気な表情を浮かべ、信頼していた兵士達を魅了の能力で陥れたレイナを睨みつける。



「おのれ……狙いは俺の命か?」

「違う、まずは話を聞いて欲しい。ガオ、お前から叔父を説得するんだ」

「お、叔父上……もう、辞めましょう。俺達は負けたんです」

「ガオ……」



流石のガームも甥であるガオの言葉は無視できず、義理の姉のリルから促されたガオは顔色を青くしながらもガームに降伏を迫る。しかし、そんな彼に対してガームは怒鳴りつけた。



「ガオよ!!敵に捕まり、脅されて怖気づいたのか!?それでも貴様は漢か!!」

「……違うんです、叔父上……!!もう、叔父上だって理解しているでしょう。俺達はもう、負けたんですよ……!!」

「……既にガオの身柄はこちらで預かっている。そして貴方達の兵士達は既に疲労困憊、こんな状態で戦が続けられると本気で思っているのですか?」

「ぬうっ……!?」



リルの言葉にガームは何も言い返せず、ツルギも全身を麻痺させて口を挟む事が出来ない。そもそも今回の戦の発端は誤解である事をリルは証明するため、彼女は敢えてガオの隣に移動してガームに話しかける。



「ガーム将軍、どうやら将軍は僕が父上を殺してガオと将軍にその罪を擦り付け、王位を継承しようと考えているようだがそれは誤解だ」

「誤解だと?では、誰が国王様を暗殺したというのだ!?我々を嵌めたのは別の人間だというのか!?」

「……誰が父上を死に追いやったのかは僕も分からない。だが、少なくとも父上が病で急逝したなど有り得ない。少なくとも僕が巨塔の大迷宮を出発する時は父上は病に侵された様子には見えなかった」

「では、国王様の死はやはり病気ではなく、暗殺だというのか……!!」



国王が突然に死んだ事に関してはガームも疑い、世間では突然の病で国王が死亡した事になっているが、彼は何者かに暗殺されたと考えていた。そして状況的に考えても国王が死亡した事で立場が一気に逆転したリルが怪しいと彼は疑っていた。


しかし、目の前に現れたリルはガームの前ではっきりと暗殺を否定し、更には自分にとっては王位継承の妨げとなるガオを連れてきた。リルがその気になればガオなどすぐにでも殺せるが、彼女は義理とはいえ弟をこの手で斬るような真似はできなかった。



「ガーム将軍、国王様を暗殺した人間は僕も分からない。だが、そこにいるツルギという老人ならば何か知っている可能性が高い」

「何だと……どういう意味だ?」

「言葉通りの意味だ。そもそも今回の戦の引き金はそのツルギが僕が送り込んだ部下を暗殺者と仕立て上げ、貴方に戦を仕掛けさせた張本人だからね」

「我が師を愚弄する気か!?」



倒れているツルギに対してリルは淡々と告げると、ガームは憤りを露にした。彼にとってはツルギは師であり、父親のように慕っている存在でもある。そんなツルギを疑えという言葉にガームは怒りを抱くが、そんな彼にハンゾウはレイナが地面に突き刺した紅月を指差す。



「ガーム将軍、この禍々しい刀を見て欲しいでござる。剣聖であるツルギ殿がこんな刀を持っていた事を将軍は知っていたのでござるか?」

「何だと……」

「これは妖刀「紅月」と呼ばれ、この国では魔剣として恐れられている武器の一振りでござる。どうか手に取って確認してくだされ」



ハンゾウの言葉にガームは黙って彼女の元に近付き、地面に突き刺さった妖刀を確認する。確かに普通の刀ではない事は見ただけでも分かり、近づくだけで嫌な気配を感じる。こんな得体の知れない武器をツルギが所有している事などガームは今まで知らなかった。

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