第481話 ツルギの策
――頼りにしていた補給部隊さえも襲撃を受けていたという事実に北方軍の士気は下がり、もう兵士達は戦う気力など残っていなかった。戦力は上回っているとはいえ、食料不足で力も満足できない状態では戦い所ではない。
ガームでさえも撤退か降伏を考えてしまう中、ツルギの方はガオが休んでいるはずの幕舎に向かう。彼は幕舎の前で立ち止まり、周囲の様子を伺う。普段ならば見張りの兵士がいるはずだが、補給部隊が到着したと知って見張りの兵士も駆けつけてしまったのか、姿は見えなかった。
「ガオ王子よ、ここにいるか?」
『……誰だ?』
幕舎の中にツルギは声をかけると、ガオの声が響いて中に存在する事に気付く。声が普段よりも一段とか細く、彼も食料不足で体調が万全ではないのだろう。ツルギは許可も得ずに幕舎の中に入り込むと、ベッドの上に横たわるガオの姿を確認した。
全身を毛布で包み込み、ガオはずっと身体を横たわらせたまま動かない。そんな情けないガオの姿にツルギはため息を吐き出し、同時に体内に潜ませていた魔剣を取り出す。
「ガオ王子よ、補給部隊が到着しましたぞ。王子も食料を得るために向かわないのですか?」
「……食欲がない」
「それはいけませんな、ガオ王子はこれから国の頂点に立つ者……ここで倒れられては困りますな」
ツルギは言葉とは裏腹に気配を殺してガオの元に近付き、魔剣を握りしめる。そしてベッドの前に立つと、彼は剣を上段へと構える――
――ここでガオを殺してしまえばガームは必ずやリル王女が送り込んだ刺客がガオを殺したと判断し、大切な甥が殺されたと知ればガームは間違いなく守備軍との決戦を挑むだろう。
いくら弱り切っているとはいえ、北方軍がケモノ王国の精鋭である事に違いはなく、守備軍の方も大きな被害が生まれるのは間違いない。ツルギとしては別にどちらの軍勢が勝利しようとケモノ王国の戦力を削れるのならば都合がいい。
彼は魔剣を振りかざしてベッドに横たわるガオに刃を振り下ろす。その結果、毛布に血が染まり、ツルギは肉を切った感触を味わって笑みを浮かべる。だが、すぐに違和感を抱く。
(むっ……これは!?)
魔剣を使用して敵を切り裂いた際、ツルギは必ずや自分に伝わるはずの手応えがない事に気づく。彼の所有する魔剣「紅月」は相手を斬り付けると呪詛を送り込み、回復役の類では絶対に回復しない傷口を与える。
常に傷口から血が流れ続ける状態へと陥る。傷口を焼く事で火傷で塞ぐ、あるいは浄化の魔法で魔剣の呪詛を消し去る以外に方法はない。そして魔剣には相手を切り裂く際、生命力を奪う性質を持ち合わせているので生物を斬った場合はツルギは必ずや生命力を奪う事が出来るはずだった。だが、ガオを斬り付けた際に彼は何も感じない事に違和感を抱く。
(馬鹿な……これは!?)
違和感を抱いたツルギはガオが纏っていた毛布を剥ぎ取ると、そこには人間程の大きさの巨大な肉が横たわっていた。恐らくは元々はオークの肉か何かだと思われるが、どうしてガオの代わりにベッドの上に巨大な肉が横たわっているのかとツルギは戸惑うと、ベッドの下から何者かが飛び出してツルギを斬り付けた。
「はああっ!!」
「ぬうっ!?」
突如としてベッドから現れた人物はツルギに向けて剣を振りかざし、反射的にツルギはその刃を魔剣で受け止める。そして敵の正体が少し前に屋敷にて相対した「ハンゾウ」である事に気付く。
「お主は……何故、ここに!?」
「あの時の借りは返すでござるよ!!」
「ぐふっ!?」
ハンゾウは鍔迫り合いの状態からツルギの腹部を蹴り込み、彼を幕舎の外へと吹き飛ばす。咄嗟にツルギは体勢を整えてハンゾウを迎え撃つが、彼女も聖剣フラガラッハを構えて最初から本気で挑む。
刃が幾度も交じり合い、金属音が鳴り響く。ツルギはハンゾウが現れた事に驚き、更に彼女が腕を取り戻している事に気付いて戸惑う。回復薬が存在する世界とはいえ、身体の一部を欠損すれば完璧に治すのは難しい。しかも紅月で与えられた傷は簡単に治療できるはずがない。
「ぐっ……中々に精巧な義手を手に入れた様だな」
「義手?なにを言っているのでござる、この腕は本物でござるよ!!」
「馬鹿な、あり得んっ……貴様、どうやって我が魔剣の傷を治した!?」
ツルギはハンゾウの言葉を聞いて彼女の腕が本物だと気づき、増々混乱に陥る。しかし、今は考えている暇はなく、ガオを何処にやったのかを問い質す。
「ガオ王子はどうした!!もう始末したのか!?」
「生憎とガオ王子ならば数日前に拙者と入れ替わっているでござるよ!!」
「な、何だと!?」
「最初に夜襲を仕掛けた時から既にガオ王子の身柄はこちらで保護しているでござる!!」
ハンゾウの言葉にツルギは驚き、守備軍と初めて対峙した日に北方軍は夜襲を受けた。その際に大切な兵糧の殆どを焼かれた際、実は既にガオ王子の身柄はハンゾウが拘束し、北方軍から既に彼を奪取していた。
その後の北方軍に存在したガオ王子はハンゾウの変装であり、元々引きこもりがちだったガオは他の人間と接触する機会も少なく、誰も彼女とガオが入れ替わっているなど気づきもしなかった。叔父であるガームでさえもハンゾウの存在には気づかず、今の今まで放置していた。
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