第479話 休まる暇も与えない

「馬鹿な、牙竜だと……しかも、この大きさと色合いは亜種か!?」

「将軍、それだけではありません!!牙竜の他にも……!!」

「何だとっ!?」



兵士の言葉を聞いてガームは振り返ると、陣内のあちこちで火災が発生している事に気付く。昨夜の夜襲の一件から夜間の見張りを強化させていたはずだが、どうやら突如として出現した牙竜の亜種が陣内に乗り込み、兵士達の注意を奪っている間に何者かが火を放ったらしい。



(まさか、陽動か!?この牙竜を囮にして敵も入ってきたというのか……いや、という事はあの牙竜は守備軍が送り込んだというのか!?)



黒竜だけでも厄介だというのに既に敵軍が陣内に入り込んでいるという事実にガームは歯ぎしりし、再び食料を焼かれでもすれば取り返しがつかない。ガームは冷静に状況を整理すると、対処を行う。



「牙竜を何としても追い払えっ!!食料だけは何としても守らなければならん、何としても牙竜をこの陣から追い出せっ!!侵入した敵など放っておけ!!」

「は、はい!!」

「うおおおっ!!俺達の陣から出ていけぇっ!!」

「相手は1匹だ!!牙竜だからって怯えるな!!」



ガームの指示に兵士達は即座に黒竜の撃退に戦力を注ぎ、数の暴力を生かして圧倒的な力を持つ黒竜へと迫る。仮にもケモノ王国の最強の精鋭が揃えられているだけはあり、怖気づいていた兵士達もガームの指示を聞いて即座に動き出す。


黒竜の相手は兵士達に任せ、ガームはこんな時にツルギが何をしているのかが気になった。黒竜を相手に出来るのは黄金級冒険のツルギだけのはずであり、その彼が何をしているのかを兵士に問う。



「我が師はどうした!?まさか、やられたのか!?」

「ここにおるわい、そう怒鳴るな」

「つ、ツルギ様!?ご無事だったのですか!?」



何処からかツルギは姿を現すと、彼は既に魔剣を抜いた状態でガームの前に現れる。ツルギが見た事もない武器を所有している事にガームは疑問を抱くが、黄金級冒険でもある彼が現れた事は素直に喜び、戦闘準備を行う。



「師よ!!奴を撃退しなければならん、力を貸してくれるか?」

「当然じゃ、流石に竜種が相手となると手段は選んではいられん……全員で仕留めるぞ」

「頼りにしているぞ……行くぞ!!」



ツルギは魔剣をガームは鍵爪を装着すると、黒竜へと向けて駆け出す。しかし、兵士達の相手をしていた黒竜は接近してくるガームとツルギの存在に気付くと、突如として逃走を開始した。



「ガアアアッ!!」

「なっ!?」

「逃げた……だと?」

「ど、どうしますか!?」



陣を取り囲む柵を飛び越えてあっさりと逃げ出した黒竜の姿を確認すると、ガームもツルギも呆気に取られてしまう。本来ならば一度理性を失えば動けなくなるまで暴れ続けるといわれる牙竜(黒竜)が逃げ出した事にガームは呆気に取られた。


黒竜はそのまま陣に戻る様子もなく、走り去っていく。その様子を確認したガームは黒竜の進路方向が守備軍の本陣の反対方向だと気づき、何か嫌な予感を覚えた。すぐに彼は黒竜の追撃を行おうとしたが、機動力の高い獣犬兵は既に半数以上も失っている事を思い出す。



「ぐうっ……逃げられたか」

「落ち込んでいる場合ではない、すぐに火災を消火しなければならんぞ」

「分かっている!!」



ツルギの言葉にガームは怒鳴り返し、すぐに兵士に指示を出す。そんな彼の様子を見てツルギは既にガームが精神的に追い込まれている事を悟る。



(このままではいかんな……何とか手を打たなければ負けてしまうぞ)



北方軍の戦力ならば数日中には守備軍を討ち倒し、王都を占拠すると思われていたが、実際には追い込まれているのは北方軍の方だった。戦力に関しても獣犬兵は半数は敗れ、更に敵には勇者や先ほどの黒竜も存在する。しかも今回の夜襲で食料の方も殆ど失ってしまっただろう。


このまま戦を続ければ北方軍に勝ち目は薄く、何としてもまずは食料を確保する必要があった。だが、周辺に生息する魔物を狩猟したとしても数万人の兵士の腹を満たす程の食料が得られるはずがなく、徐々に北方軍は追い詰められていた――





――それから翌日、火災の消火のために兵士達はまたもや碌に寝付けず、体力の限界を迎えていた。ガームは彼等の様子を見て戦どころではないと判断し、最低限の見張りを残して彼等を休ませる。


結局はその日は守備軍が攻め込んでくる事はなかったが、当初は持久戦で挑むはずだった自分達が逆に持久戦で追い込まれているという事実にガームは悔しく思う。しかし、補給部隊が到着すれば兵士達も万全な状態で戦える。それまでの辛抱だと思って彼は我慢した。


それから更に数日が過ぎた頃には兵士達は限界の状態を迎えていた。もう食料も底をつき、朝も昼も夜も常に守備軍や黒竜の存在を警戒し続けなければならない。そんな日々を過ごせば屈強な軍人だろうと精神を削り取られ、中には耐え切れずに守備軍に投降するために逃げ出す兵士達も続出する。もう限界かと思われた時、遂に開戦から5日目に補給部隊が到着した。

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