第475話 開幕の一撃

(このような小僧が勇者だというのか……いや、油断するな。外見に惑わされてはならん、ただの囮役かもしれん)



勇者レアの姿を目撃したガームは本当に彼が勇者なのかと疑うが、すぐに勇者という存在は侮れない事を思い出す。過去に召喚された勇者と呼ばれた者達の強さは歴史に刻まれており、決して油断していい相手ではない。


だが、それでも4つの剣を装備した状態で自分の軍勢にとことこと歩いてくるレアの様子を見てガームは非常に反応に困り、攻撃をさせるべきか悩む。だが、かんがえている内にもレナは接近してくるため、仕方なくガームは指示を出す。



「ケン軍団長!!勇者を捕縛せよ、捕まえるのが無理なら殺しても構わん!!」

「はっ!!」

「ふむ……あの小僧が勇者か」



配下の軍団長の中でも武勇に秀でた「ケン」と呼ばれる武将を指定したガームは彼に勇者レアに挑むように指示する。ガームの隣ではツルギがレアの様子を伺い、長年武人として生きてきたツルギだが、レアの様子を見て訝しむ。



(なんじゃこいつは……とても強いようには見えん。だが、迂闊に近づけばこちらの身が危ない気がする……訳が分からん)



客観的に見ればレアはとても強そうな人間には見えない。しかし、何故かツルギの本能は彼が只者ではないと告げていた。彼ほどの武道の達人ならば一目見ただけで大抵の人間の力量を測れるのだが、レアの場合はそれさえも分からない。


レアに大して得体のしれない者を感じたガームとツルギだが、勇者の相手を指定されたケンという武将はレアの事を見てただの人間の少年にしか見えなかった。彼はこの戦で勇者を捕縛すれば自分こそが最大の功労者になるのではないかと思い、意気盛んにレアの元へ向かう。



「武器を貸せ!!ファングも借りるぞ!!」



部下に命じてケンはファングの1頭に乗り込み、自分の武器である手斧を手にして陣地に近付いてくるレアへと向かう。自分に接近してくるケンを確認してレアは立ち止まり、手にしていた聖剣を構える。



(来たか……もう少しでリリスが仕掛けた罠を発動できたのに)



自分が動く前に駆けつけてきたケンに対してレアは仕方なく「聖剣エクスカリバー」を構えると、ケンが十分に近づいたところで剣を振りかざす。その結果、エクスカリバーの刀身が光り輝き、刃を振り抜いた瞬間に光の刃が放たれた。



「はああっ!!」

「うおおっ!?」

「ギャインッ!?」



エクスカリバーを振り抜いた瞬間、三日月の如き形をした光刃が放たれ、ケンとファングの身体を飲み込む。その光景を見て両軍に動揺が走り、彼等はエクスカリバーを使用するレアを初めて目撃して騒ぎ出す。


どちらの陣営も何が起きたのか理解できず、事情を知っているリル達もレアが繰り出した攻撃に驚く。今までレアは対人戦では人を殺す事に躊躇してしまい、本気を出す事が出来なかった。しかし、自分に迫ってきた敵に対してレアは容赦なく攻撃を行う。



(斬ったのか……いや、違う。あの聖剣は確か人を斬る事は……)



レアが攻撃を仕掛けた事には驚いたが、すぐにリルは聖剣エクスカリバーの特徴を思い出す。ヒトノ帝国では「必ず勝利に導く聖剣」だと称されているが、このケモノ王国ではエクスカリバーは不殺の聖剣として名を広めている。


エクスカリバーの能力は「浄化」に特化しており、死霊や吸血鬼のような魔物や魔人族に対して絶大な効果を発揮する反面、生物に対しては傷つける能力は持ち合わせていない。実際に攻撃を受けたケンとファングは気絶しているようだが死んだ様子はなく、倒れた状態で身体を痙攣させていた。



(よし、リリスの言う通りだ……エクスカリバーなら人を殺すことはない)



レアは倒れたケンとファングを見て安堵した表情を浮かべ、戦が行われる前に彼はリリスにある相談をしていた。それは出来る限り敵に被害を与えず、それでいながら無力化する方法はないのかと話したところ、彼女はエクスカリバーを使用する事を提案した。



『エクスカリバーは不殺の聖剣なんて呼ばれていますが、実際の所は斬られたら無事ではありません。斬られたという感触は残りますし、しかも光刃で全身を包み込まれれば身体中を切り刻まれたような物です。そうなれば怪我を負わずともどんな人間だろうと気絶しますよ』



彼女によるとエクスカリバーは人を殺す能力がないだけであって「武器」であるという事実は変わらず、生身の人間でも聖剣の一撃を喰らえば無事ではないという。


戦に参加する以上は自分の身を守るために相手の命を絶つ事に躊躇してはらないとリルに言われたレアだが、それでも最後の最後までは諦めきれず、極力人を斬らないように心掛ける。そして戦の前にリリスが仕掛けた「罠」の位置まで移動を行うため、歩くのを止めて一気に駆け出す。

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