第474話 獣犬兵
――時刻は正午を迎え、遂にはガームは軍勢を出撃させた。陣内の警備のために最低限の兵士だけを残し、守備軍の本陣へと向かう。既にリル王女も戦の準備を整えているのは間違いなく、先日まで味方であったはずのケモノ王国の兵同士が戦う事にガームは緊張を隠せない。
リルの言葉通り、本来ならば自国の兵士同士の戦闘など不利益しか生まない。共に国を支えて守る者同士が荒そうなど愚の骨頂だが、それでも互いの意地のために戦闘は避けられなかった。リルはこの国の王に立つため、そしてガームはガオを王にするために戦う。
「圧巻だな……ガーム将軍も兵糧を失ったせいで短期決戦を選んだか」
「凄い数……多分、殆どの兵士を引き連れている」
「うえっ、本当にこれだけの敵兵と戦うんですか?骨が折れそうですね」
「文字通りに骨が折れる事態になりかねない。お前も少しは緊張感を持ったらどうだ」
「……戦に参加するのは私も初めてです。ですが、全力を尽くします」
「相手は元大将軍にして歴戦の強者……油断は出来ないな」
8万近くの北方軍が迫りくる様子を見てリル達はその光景を見て緊張感を覆い隠せず、平気そうな顔をしているのはリリスとリュコぐらいだった。リリスの場合は緊張していないというよりは何処か他人事のような様子に対し、リュコは逆にこれから行われる戦でどれほど戦えるのか期待している様子だった。
自分が強くなるためには強者と戦い、腕を磨く事を信念にしているリュコにとっては相手が悪党だろうと軍人だろうと関係はない。向かいくる敵を全て倒すだけでいいという考えの持ち主だった。その一方でティナの方は初めての戦に緊張はしているが、それでも仕事柄、他の人間と戦う事はよく経験している。
騎士団の面々も対人戦はよく経験しているが、戦に参加するのは初めてだった。しかも相手が自国の兵士と考えるとこれ以上に戦いにくい相手はいない。しかし、手加減して勝てる相手ではない事を理解しており、リルはここにはいないレイナに願う。
(頼りにしているぞ……僕達の勇者様)
――同時刻、ガームの方もリル達の軍勢を確認していた。予想通り、王都から兵士を呼び寄せた様子はなく、4万の兵士が既に戦闘準備を整えていた。だが、布陣に関しては特に何も特別な布陣ではなく、何の策もなしに真正面から自分達に挑むつもりなのかと疑う。
(まさか、本気で正攻法で我々に勝つつもりか?いや、王女は油断できん。昨日の一件で我等の兵糧を奪った。何か考えがあるはず……だが、多少の小細工など我々の大軍には通じん!!)
ガームは兵糧の問題もあるので時間を無駄に費やすわけにはいかず、何処から攻め入るべきか慎重に様子を伺う。リルの軍勢は横一列に並んだ状態で動かず、一方で北方軍は突撃の準備を整えていた。
獣人族は人間よりも運動能力が高いため、戦闘の際には騎馬の類は使わず、歩兵が中心となって戦う事が多い。一応は騎馬兵に代わる獣犬兵というのが存在し、これはファングなどの魔物を調教して馬の代わりに利用する兵士達の名称である。ガームの軍勢の1万近くが獣犬兵ではあるが、最初は様子見を兼ねてガームは獣犬兵に指示を出す。
「獣犬部隊!!前へ出ろ!!」
『おうっ!!』
『ウォンッ!!』
号令を受けた瞬間、軍隊の中からファングに乗り込んだ獣人族の兵士が前に出てきた。彼等は部隊といっても別に統率されているわけではなく、それぞれが自由に戦う戦闘方式である。
理由としては馬と違ってファングは主人に懐くまでに時間を要し、さらに命令を聞くように調教するのは難しい。従って大半の獣犬兵はファングを完全には乗りこなせないが、彼等の攻撃力は騎馬兵を遥かに凌駕した。
仮にも魔物であるファングは馬よりも素早く、小柄で小回りが利くために戦場に置いては最も活躍する存在だった。北方軍が最強の兵士と呼ばれる所以はこの獣犬兵の存在が大きく、ガームは初手から最高戦力を送り込む。
「突撃準備を整えろ!!我が軍の存分に見せつけるがいい、獣犬兵!!」
『おぉおおおっ!!』
ガームの言葉に獣犬兵は沸き上がり、今すぐにでも飛び出しかねない様子だった。それに対して守備軍の兵士達は震え上がるが、その一方で守備軍の方もリルが声を出す。
「勇者よ!!彼等に貴方の力を見せつけてくれ!!格の違いを思い知らせるがいい!!」
「……あ、はい」
リルの言葉に反応するように軍勢の中から「勇者レア」が姿を現し、その姿を見て北方軍は戸惑う。勇者が今回の戦に参戦している事は知っていたが、まさか予想に反して若い人間の少年が現れた事にガームは驚く。
少年は何故か背中に漆黒の大剣、そして腰には2つの剣と、手には神々しさを感じさせる美しい宝剣を所持していた。しかも防具の類は身に付けておらず、一応は服の中に鎖かたびらのような防具ぐらいは身に付けているだろうが、鎧兜や盾すらも装備していない。
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