第473話 兵糧の損失

――結局、北方軍の受けた被害は凄まじく、余裕を持たせて運んできた兵糧のほぼ全てが焼き尽くされてしまった。残された兵糧を計算してもせいぜい3日分程度しか残っておらず、領地から新しい兵糧が送り込まれるとしても5日は掛かってしまう。


3日分の食料でどうにか次の兵糧が訪れる5日後まで我慢するしかなく、兵士達は食事量を減らしてどうにか持ちこたえるしかなかった。しかも食料を焼き払った侵入者たちを捕まえる事も出来ずに逃げられた事で士気も下がっていた。


ガームとツルギが到着した時には既にレイナとティナは逃走し、外部に待機させていた白狼騎士団と合流して撤退していた。すぐにガームは軍団長に彼等の追撃を命令したが、追撃部隊が追いついたころには白狼騎士団は自分達の陣地へと引き返していた。


結果から言えば今回の夜襲で北方軍は大量の兵糧を失ったばかりではなく、まんまと陣地内に侵入してきた者達も討ち取れずに逃してしまう。この事実に軍団長達は怒り狂い、速戦即決をガームに申し出た。



「おのれ、奴らめ……我々の兵糧を焼き払うとは!!」

「許せん!!これは断じて許せませんぞ将軍!!」

「このままでは我々は飢え死にしてしまう……こうなったら本日の戦で終わらせましょう!!」

「落ち着かんか、馬鹿者共がっ!!」



兵糧を焼かれた事で焦りを抱いた軍団長達はガームに今すぐに守備軍に攻め込むように進言する。だが、ガームはそんな彼等を一括してまずは落ち着かせると、冷静に会議を行う。



「昨夜の件に関しては我々が油断し過ぎていたからだ。まさか、リル王女がこれほど大胆な手に出てくるとは……しかし、兵糧を失おうと現時点では我々の方が有利である事に変わりはない」

「ふむ、確かに戦力的にはこちらは倍……しかも兵糧を奪われた事で兵士達も怒りに燃え上がっておるな。当初の予定では持久戦だったが、残念じゃが短期決戦に切り替えるしかあるまい」



ツルギも今回の一件は全くの予想外の出来事であり、まさか初日の夜にリルが仕掛けてくるとは思いもしなかった。しかし、いくら兵糧を失おうと北方軍の兵数は守備軍の倍、更に兵士の質も優れているというのであれば負ける要素はない。



「では、今すぐに攻め込みましょう!!既に準備は出来ております!!」

「愚か者が!!昨日、我々が攻め込む事は今日の昼だと宣言したのを忘れたか!!まだ夜明けを迎えたばかり、動く事は許さん!!」

「し、しかし……」

「まあ、落ち着け……兵士達も消火作業やらなにやらで消耗しておる。時間までの間、ゆっくりと休ませるがよい」



昨夜の一件で陣地内の兵士達は全員が碌な休息を取っておらず、そもそもここまでの行軍で北方軍も疲労を蓄積させていた。ガームが守備軍と対峙して決戦を挑むのは次の日に決めた理由は兵士達に休息を取らせるためである。


しかし、兵糧を失った以上は兵士達も心休まらず、それにガームは堂々と本日の昼に攻め込む事を宣言してしまった。もしも今日軍隊を動かさなければガームは自分の告げた言葉も守れない男だと侮られ、逆に時刻よりも早く攻め込めば約束を破る卑劣な将軍だと認識されてしまう。


将軍の面子というのは非常に重要な物であり、ここで下手に予定通りに軍隊を動かさなければガームの威厳は地に落ちてしまう。それは他の者達も理解しているが、それでも昨夜の件は誰もが怒りを抑えきれない。



「くうっ……王女め、こざかしい真似をしおって!!これが王を目指す者のやり方か!?」

「全くだ!!こんな卑劣な手を使う者に仕えるなど出来ん!!」

「……しかし、策としては見事な物であったのは事実じゃ。敵を侮ってはならんぞ」

「ツルギ殿!!ではツルギ殿は今回の卑劣な敵の策を認めるというのですか!?」

「愚か者!!戦争に卑怯もくそもないわ!!貴様等、それでも我が軍の精兵か!?」



ツルギに対して怒鳴り散らす軍団長には流石のガームも黙っていられずに叱りつけると、軍団長は彼の気迫に押し黙る。だが、誰もが昨夜の一件で心の中に鬱憤をため込んでおり、その様子を見てツルギは危機感を抱く。



(いかんな……ただ一度の夜襲だけでここまで動揺するとは、ケモノ王国の最強の軍隊という驕りのせいで不測の事態に対して対応力が衰えていたか)



北方軍は間違いなくケモノ王国の戦力の中では最強を誇るが、その逆に彼等はあまりにも強すぎて今まで敵に後れを取る事はなかった。だからこそ今回の一件で敵に先手を取られただけで激しく動揺し、追い詰められているように見えた。


結局は会議は解散して軍団長達は戦の準備を進めるが、その様子を見ていたツルギは疲れた表情を浮かべ、いざという時のために備えて彼は自分で策を用意する事にした。この軍隊の中でツルギの与えられた役目は「客将」にしか過ぎないが、彼は連れてきた弟子達とは別に自分に従う他の戦力も存在した――

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