ケモノ王国 統一編
第464話 王都の混乱
――ガームが遂に軍勢を動かした事に王都は大きな混乱に陥り、王城の方では大将軍のライオネルを中心にガームが率いる「北方軍」に対して王都の「守備軍」も総動員させ、王都と北方領地の境に存在する高原地帯に陣地を築く。
リルが事前に呼びかけていた各領地の貴族の軍勢も加えて守備軍の数は5万を超えたが、その内の1万の兵士は王都の守備のために籠城させ、実質的に4万の軍勢で北方軍を撃退する構えになっていた。
北方領地に存在する兵士の数は10万だが、流石に全ての兵士を総動員してガームが攻め込むはずがなく、領地の管理もあるので彼が動かせる勢力は最大でも8万程度である。だが、それでも守備軍の2倍の兵数であるため、状況的にはガームの軍勢が有利に思われるが、守備軍には王都で暮らす多数の冒険者と黄金級冒険者が2人、さらには勇者であるレアも味方に付いていた。
「――ハンゾウが戻ってこない、恐らくは捕まったか、あるいは殺されたと考えるべきだろう」
陣地に存在するリルの幕舎の中にてレイナ達は集まり、彼女から偵察に向かわせたハンゾウが未だに戻る様子がない事を語る。既にハンゾウがガームの屋敷に侵入してから10日以上の時間が経過しており、リルは深刻な表情を浮かべる。
ガームが動き出したという報告はハンゾウからの連絡が届いたからだが、肝心のハンゾウが戻ってくる様子がない。彼女の報告書は伝書鳩が運び込み、いかにも忍者らしいハンゾウの伝達手段だが、当のハンゾウ本人は未だに戻る気配がない。
「ハンゾウが捕まって虚偽の報告を送ったとは考えにくい。従ってこの報告書に記されている通り、ガーム将軍が動き出したのは間違いないだろう。だが、気になる事があるとすればツルギの行動だ」
「本当にツルギ殿がその紅月という魔剣とやらを所持して襲い掛かってきたのか?」
「リュコ殿、いくら黄金級冒険者とはいえ、王女様に対してなんて口の利き方を!!」
「いや、構わないさ。どうやら敬語が苦手のようらしいからね、気にしなくていいよ」
「むうっ……あたしの話し方が気に障ったのなら謝ろう。すまない」
「い、いや、分かればいいんだ……」
チイに注意されたリュコは素直に謝罪を行うと、チイとしてもそれ以上に彼女を責める事は出来ず、リュコも悪気がない事は理解していた。しかし、大切な仲間のハンゾウが戻ってこない事にチイも気が気ではなく、普段以上に神経質になっていた。
他の者達もハンゾウが戻ってこない事に心配する一方、遂に戦が始まるという事実にレイナは顔色が悪い。最悪の場合、多くの犠牲者が生まれる事はレイナも理解しているが、問題なのは自分に人を殺せるかである。
(今度こそ、本当に人を斬る事になるのかもしれない……俺に切れるのか?)
今までもレイナは吸血鬼などの人と瓜二つの容姿をした相手を斬った事はある。だが、それは相手は悪人でしかも普通の人間とは言い難かった。しかし、今回の戦の相手はケモノ王国に使える兵士であり、獣人だけではなく人間の兵士も少なからずは存在するだろう。
まさか自分が戦争に参加する日が訪れるなどレイナは予想も出来なかったが、このような事態に陥った以上は引き返す事は出来ない。いくら文字変換の能力でも人間を蘇らせえる事は出来ないため、もしもリル達の誰かが戦争中に死んでしまえばレイナでもどうしようも出来ない。
(戦うしかないのか……本当に?)
レイナは頭を抑え、自分に北方軍の兵士を殺す事が出来るのかと不安を抱く。その様子を見てリルはレイナの内心を読み取り、申し訳ない気持ちを抱く。これまでの動向を見てもレイナは人を殺す事に抵抗心を抱いており、それは普通の人間ならば当然の反応である。
(最悪の場合、戦の要になるのは勇者であるレイナ君しかいない。だが、今の彼女を無理やりに戦わせる事が本当に正しい事なのか……いや、駄目だ。何を考えてるんだ僕は……例え、間違った事だとしても他に道はないんだ)
友人としてはレイナを苦しませたくはないという気持ちを抱く一方、国を支える側の立場の人間としてリルは手段は選ぶ事は出来ず、レイナに対して彼女は淡々と告げる。
「レイナ君……いざという時は君だけが頼りだ」
「っ……は、はい」
「こんな事に巻き込んですまない……だが、この国を救うために僕に協力してくれ。君の罪は僕が背負う、だから君が気にする必要はないんだ」
「…………」
気休めになるならばとリルはレイナの行為の責任は自分がとる事を告げるが、レイナはリルの言葉に黙って頷く事しか出来ず、その様子を他の仲間達は心配そうな表情で眺める。一方で不安を抱いているのはレイナだけではなく、他の者達も戦争が始まる事を意識して無意識に身体を震わせていた。
幕舎の中で平気そうな顔をしているのはリリスだけであり、彼女の場合は薬の調合を行っているのか黙々と作業を続けていた。その様子を見てチイは訝しみ、彼女が何の薬を作っているのかを尋ねる。
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