第458話 その頃のヒトノ帝国では
――先日の牙竜の件以来、茂は帝都へと引き返していた。無謀にも牙竜に挑んで命を落としかけた事が原因で帝国側も彼を牙竜が生息する地域に置いておくのは危険だと判断し、仕方なく帝都へ呼び寄せた。だが、帝都に戻った茂は人が変わったように大人しくなったという。
先日の一件で茂自身も色々と思うところがあるらしく、彼は真面目に地道な鍛錬を行うようになり、今までは力任せに戦っていた彼だが最近では格闘家の称号を持つ人間から武術も学ぶようになった。牙竜との戦闘で茂も自分が今までどれほど無茶な戦い方をしていたのかを思い知って真面目に訓練に取り込む。
「茂、最近は随分と大人しいじゃないか?」
「……なんだ、瞬か。卯月の奴はどうした?」
「今は僕よりも王女様と一緒に行動する事が多いよ。女の子同士の方が気が合うんだろうね」
「はっ、王女様を女の子呼ばわりとは大した奴だな」
城内にて鍛錬中の茂の元に瞬は訪れると、彼は自作のバーベル(大きな岩に鉄棒を括り付けた)を持ち上げて身体を鍛えている姿を見て瞬は意外そうな表情を浮かべる。
「それにしても君が真面目に鍛錬に取り組むなんて……いったい、何があったんだい?」
「うるせえな……ちょっと前に死にかけてな、それで今のままだとまずいとわかったんだよ」
「やっと気づいてくれたのか!!それは良かったよ!!」
茂の戦闘方法に関しては瞬も何度か苦言を告げたが彼は一向に聞きいれてくれず、結局は諦めてしまった。だが、自分から反省したという茂の言葉に瞬は喜ぶが、一方で茂の顔色は優れなかった。
別に鍛錬を真面目に取り組む事に関して不満があるわけでもなく、むしろ鍛錬自体は意外と面白くて茂も嵌まっていた。しかし、彼の顔色が優れない理由は先日に茂の服の中に入っていた「レア」の手帳の事だった。
「なあ、お前は霧崎の奴は今は何をしているのか気にならないのか?」
「気にならないかって……そんなの、心配に決まってるだろう」
「そうか……」
「……どうしたんだ茂?今までは霧崎君の話題を出す事も避けていたじゃないか」
瞬は茂がレアの名前を出した事に意外に思い、今までの茂は消えてしまったレアに対して特に何の興味も抱いていなかった。自分と同じくこの世界に召喚され、共に訓練を受けた仲とは言え、別に茂はレアとは特別に仲が良かったわけではない。
レアが大臣の判断で勝手に処刑されそうになり、自力で逃げ出したと聞いたときは流石に驚いたし、同情もした。だが、何時までも隠れて姿を現さない彼に対して茂はレアの事をすっかり忘れていた。別に友達というわけでもなく、ただのクラスメイトにしか過ぎない相手にそこまで思い入れは抱いていなかった。
しかし、先日に茂は牙竜に襲われて命を落としかけた時、彼は気絶していたので覚えていないが兵士達の話によると自分は何者かに命を救われたという。しかもその人物は兵士を確認すると逃げるように立ち去り、その後の消息も掴めていない。
(……霧崎、お前が俺を救ったのか?)
だが、茂は自分が救った人物がレアである事に確信を抱いていた。理由は自分の服の中に隠されていたレアの学生手帳であり、こちらの世界の人間は日本語が読めないので彼等は茂が所有していたレアの学生手帳は彼の所有物だと思い込んでいた。
しかし、茂はそもそも学生手帳など持ち歩いておらず、当然だが服の中に入っていた学生手帳はレアの物で間違いがなかった。この事から茂は自分の命を救ったのはレアだと確信を抱く。
「ふうっ……おい、瞬。もしも霧崎の奴が戻ってきたらこの国の奴等は俺達みたいに保護してくれるのか?」
「え?さあ、それはどうだろう……あの大臣はいなくなったけど、どうもここの人たちは僕達が勇者だからというより、戦える力を持っているからこそ大切に扱っている気がする。だから僕達のように戦える力を持っていない霧崎君が戻ってきても僕達と同じように扱ってくれるかどうか……」
「そうだよな……そもそもあいつが何処にいるのかも分からねえことにはどうしようもないか」
「そうだね、だけど急にどうしたんだい?茂は霧崎君の事を今まで気にしてなかったのに……」
「……さあな、どうでもいいだろ」
瞬の言葉に茂は素っ気なく返し、その反応に瞬は疑問を抱いた――
――同時刻、帝城の保管庫にてとある男性が茂を救助する際に回収された「魔除けの石」を前にして身体を震わせていた。彼は目の前に存在する魔除けの石を覗き込み、動揺のあまりに腰を抜かす。
「な、なんてことだ……こんな物、現実に存在するなんて……だ、だが、念のために詳しく調べなければならん」
男性は魔除けの石を前にして冷や汗を止まらず、生唾を飲み込む。この魔除けの石を入念に調べ上げる必要があると判断した彼はすぐに皇帝へ報告へ向かう事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます