第456話 模倣剣技

「ふうっ……行くぞぉっ!!」

「これは……?」

「ま、回り始めたぞ?」

「何を考えてんだ!?」



レイナは大剣を勢いよく振り抜き、その場でベーゴマのように回転を行う。唐突なレイナの行動に観客は唖然とした表情を浮かべ、リュコも何を考えているのかと驚く。


現在、レイナが実行している剣技は本来は剣士が扱う「回転」と呼ばれる戦技を模倣した剣技であり、この戦技は文字通りに身体を回転させながら遠心力を利用して相手に攻撃を行う剣技である。


剣士の中では基本的な戦技の一つなのだが、この剣技の最大の弱点は十分な遠心力を得るまでは身体を回転させるように動き続けなければならず、体力の消耗が大きい。それに回転する事に専念しなければならず、広い場所で使用すると相手に逃げ回られると追い続けている間に体力を失ってしまう。本来の使い道は乱戦などの敵に多数囲まれた時に使用する戦技である。



「おい、あれって回転の戦技か?それにしては随分とまた、派手というか……」

「というか……だんだん早くなってないか?」

「ちょっと待て……いつまで回転するんだ!?」



しかし、レイナの場合は回転の速度が尋常ではなく、しかも回転数を増す事に速度が上昇し、徐々に残像が生み出す程の速度と化す。その様子を見てリュコは嫌な予感を覚え、呆れて見ていた観客たちも騒ぎ出す。



「これは……!?」

「うおおおっ!!」



リュコは本能的に危険を察し、このままレイナを回転させ続ける事はまずいと判断した彼女は最初の時のように足を地面に踏みつけ、周囲に振動を与えてレイナの体勢を崩そうとした。



「かあっ!!」

「まずい!?また倒れるよ!!」

「レイナ!!」

「レイナ様!!」



震脚が再び発動し、強烈な振動が闘技台に伝わるのを見てリンたちが声を上げるが、既にレイナは攻撃の準備を整えていた。足元に振動が伝わる刹那、彼女は大剣の軌道を横向きから縦へと変化させ、上空へと跳躍を行う。


「神速」と「俊足」の技能のお陰でレイナは異常なまでの脚力を持ち、それを生かして彼女は上空へと跳躍した状態でも大剣を振り回し、リュコに向けて刃を振り下ろす。まさか上空から仕掛けてくるとは思わなかったリュコはレイナの行動に目を見開くが、咄嗟に彼女は両腕を交差して刃を防ごうとした。



「やぁあああっ!!」

「硬皮……うぐぅっ!?」

『やった!!』



レイナの一撃を受けようとしたリュコだったが、あまりの攻撃速度と重い一撃に彼女は両腕だけでは防ぎきれず、そのまま地面に押し潰されてしまう。その様子を見たリンたちは声を上げるが、一方で攻撃を仕掛けたレイナも大剣を手放して地面に倒れ込む。


闘技台の上に二人は倒れると、リュコは気絶したのか動く様子はなく、レイナの方も体力を使い果たしたかの如く動かなかった。その様子を見てリンは慌てて闘技台に駆けつけ、二人の様子を伺う。



「おい、あんたら大丈夫かい!?……ああ、これは駄目だね。二人とも伸びちまってるよ」

「ええっ!?」

「じゃあ、賭けは……」

「そんなもん、引き分けに決まってるだろうが!!こんな状態であんたら、まだこいつらを戦わせるつもりかい!?」

「そ、そんなぁっ……」

「くそうっ、あと少しだったのに!!」

「払い戻しか……でも、仕方ねえか」

「あ、危なかった……危うく大損するところだったぜ」



リンの言葉に賭け事を行っていた冒険者達は落胆と安堵が入り混じった表情を浮かべ、二人とも戦闘不能に陥ったのならば賭けは成立しない。


賭け金は事前に記録されているので払い戻しとなり、リュコに賭けていた者達は安堵した表情を浮かべ、レイナに賭けていた者達は少し悔し気な表情を浮かべる。その一方でリンの方は倒れているレイナに視線を向け、彼女にだけ聞こえる声量で話しかけた。



「……動くんじゃないよ、あいつらには気絶したと思わせるんだ」

「ううっ……割と本当に体力を使い果たしたせいで今は動きたくないです」

「だろうね、でもよくやったよ……本当に引き分けに持ち込むなんてやるじゃないかい」



レイナは事前にリンから賭け事でもめ事を起こしたくなければ彼女にリュコと引き分けるように助言していた。その話を聞いたときは初めて戦う相手と引き分けを演じる事がどれほど難しい事なのかと嘆いたが、どうにか上手く誤魔化す事が出来た。



「あんたも動くんじゃないよ。本当はまだ戦えるんだろう?」

「……いや、私もかなり痛い。死ぬかと思った」



リンはリュコの方にも話しかけると、彼女は倒れた時は意識を失っていたが、すぐに目を覚ましていた。しかし、自分の傍で倒れているレイナに頼み込まれ、気絶するふりをしていた。別に彼女はレイナの言い分を聞く必要もないと思うが、リュコにとっては自分が一瞬でも意識を失っていた時点で彼女は自分の敗北を認める。


敗北した以上は勝者であるレイナの言う事を聞かねばならないというのがリュコの判断であり、彼女は気絶したふりをして勝負を引き分けという形で終わらせる。だが、リュコ本人は満足する戦いだったのか特に不満もなく、レイナの言う事に従ってくれた。

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