第445話 魔王軍幹部《グノズ》

『おっと、私を殺そうとしているのならば止めた方がいいですよ。貴方も無事ではすまない』

「……どういう意味?自分が俺よりも強いと言ってるの?」

『いえいえ、私のような非力な魔術師が貴方に挑んだ所で返り討ちにされるのは目に見えています。しかし、こうして話している間にも貴方の身体に毒が回っている……そろそろきつくなってきたのではないですか?』

「……?」



男の言葉にレイナは不思議に思い、別に特に身体に異変はなかった。先ほど首筋に撃ち込まれたのは予想通りというべきか「毒針」だったようだが、別にレイナの身体には特に異変は起きていない。


(そういえば大分前に毒耐性の技能も覚えていたっけ……)



レイナは前に毒耐性の技能を身に付けていたお陰で毒に対する強い耐性を得ており、この能力の毒針を受けても平気らしい。だが、相手の男はレイナが勇者のために普通の人間よりも毒が回るのが遅いと思い込んでいるらしい。



(どうしよう、とりあえず膝でも崩そうかな)



適当にレイナは片膝を崩して頭を抑える動作を行うと、相手の男は毒が回ってきたと勘違いしたのか、上機嫌な様子で答えた。



『やっと毒が回ってきましたか。全く、大型用の魔物の毒でもここまで効き目が遅いとは……流石は勇者と褒めるべきですかね』

「勇者……どうして俺が勇者だと知っている?」

『……色々と貴方の事は調べさせてもらいましたよ。それにしてもまさか、追放された勇者が男性ではなく、女性というのは少し驚きましたがね。自由に性別を変化させる、それが貴方の能力なのですか?』



相手はどうやらレイナの正体が勇者である事を見抜いているようだが、レイナの真の能力に関しては知らないらしい。レイナが性転換している事は知っている様子だったが、それが勇者の能力の秘密だと思い込んでいるらしい。


確かにレイナは文字変換の能力で性別を変化させているが、男はどうやら「性転換」その物をレイナの能力だと思い込んでいる節がある。それに対してレイナは敢えて否定せず、何が望みなのかを尋ねた。



「お前の望みは何だ……?」

『ほう、まだ口が利けますか。しぶといですね、それでこそ世界を救う勇者様と褒めるべきでしょうか』

「いいから、答えろ……」

『お断りします、これから私達の僕になる存在にそこまで教える義理はありませんよ』

「…………」



会話の途中でレイナは身体を地面に倒すと、それを確認した男は近づき、マントを脱いで姿を晒す。そしてレイナに向けて自己紹介を行う。



「ですが、名前だけは教えてあげましょう。私は魔王軍幹部のグノズです、これからは貴方の主人となる男ですよ」

「そいつは御免だ!!」

「なっ!?」



グノズと名乗った男に対してレイナは身体を起き上げると、相手が油断した隙を逃さずに拳を振りかざし、グノズの腹部に向けて叩き込む。その際に妙な手応えを覚えたが、構わずにレイナはグノズを殴り飛ばす。


派手に吹き飛ばされたグノズはマントを翻して地面に倒れ込み、たまらずに腹を抑えて嘔吐とした。服の内側に鎖帷子を着込んでいたが、それでもレイナの拳の威力は完全には防げず、あまりの威力に胃の中の物を吐き出す。



「げほっ、げほっ……おええっ」

「おい、こっちを向け」

「ひいっ……!?」



吐き出したグノズに対してレイナは近づくと、首筋にフラガラッハを構えた。魔王軍幹部と名乗るグノズに対してレイナは以前に遭遇した「紅血のアルドラ」と名乗った吸血鬼の仲間だと判断し、グノズに正体を確かめた。



「さっき、魔王軍幹部とか言ってたな……お前ら、何者だ?魔王軍なんて本当に存在するのか?」

「ど、どうして……毒が効いていたんじゃ……!?」

「生憎と悪食の固有スキル持ちでね、そういう所はちゃんと調べてなかったの?」

「く、くそっ……!!」



レイナはグノズをうつ伏せの状態で倒れさせると、背中に膝を乗せて圧迫させる。吐き出した後に更に腹部を地面に押し込まれたグノズは苦痛の表情を浮かべるが、命を狙われたレイナは容赦しない。


首筋にフラガラッハの刃を構えながらもレイナはとりあえずはグノズが身に付けている「隠蔽マント」とやらを剥ぎ取り、何かの役に立つかもしれないと考えて腰のポーチの中に突っ込む。その後はグノズが腰に付けているベルトを確認すると、毒針だと思われる物がいくつも仕込まれ、そちらの方も回収しておく。

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