第441話 心を折る

「どうも、盗賊さん」

「ひっ……お、お前が勇者か」

「あれ、俺の事を知ってるの?」



レアは自分の前に倒れているグレイに話しかけると、勇者という単語を口に出したので驚き、どうして自分が勇者である事を見抜いたのか疑問を抱く。


グレイは自分の発言に慌てて唇を噛み占め、余計な情報を漏らさないようにした。だが、そんな彼に対してレアはデュランダルを軽々と持ち上げながらグレイに降伏するように告げる。



「さあ、これで終わりだ。大人しく投降するなら命は奪わない、どうする?」

「……殺せ」

「そういうと思ったよ」



覚悟を決めたかのようにグレイは口を閉じると、レアは面倒そうに頭を掻く。グレイは傭兵として仕事は全うできなかったが、それでも敵に降伏するぐらいならば死を選ぶ覚悟はできていた。


だが、敵に痛めつけられて殺されるぐらいならばと最後まで抵抗を試みるかと考えたグレイは自分の傍に落ちている毒瓶に気づき、一か八かレアを道連れに使用かと考えた。こちらの毒瓶を使用すれば肉体は溶けて解毒薬を与えて治す暇も与えない。



(くたばれっ!!)



毒瓶に手を伸ばしたグレイはレアに投げつけようとしたが、それを見ていたレアは自分に迫りくる毒瓶を何事もないようにつかみ取る。その光景を見てグレイは目を見開き、信じられない反射神経で毒瓶をつかみ取ったレアに驚く。



「ん?なんだこの瓶……毒?」

「ば、化物めっ……!?」



掴み取った毒瓶を覗き込むレアにグレイは冷や汗を流し、戦闘職の人間であっても至近距離から投げ込まれた投擲物に反応するのは難しい。それをレアの場合は簡単にやり遂げる。


毒瓶を回収したレアは「解析」の能力を発動させ、その中身の液体の性質を確認し、画面上に表示された文章を読み上げて更にグレイを驚かせた。



「へえ、バジリスクの牙から抽出される毒液か……よくこんなの手に入ったね。ああ、生きているバジリスクの牙じゃなくて、バジリスクの死体から回収したのか」

「なっ!?何故それを……見ただけで毒の種類を見抜いたのか?」

「え?うん、まあ……間違ってはいないかな?」



自分が作り上げた毒液の正体をあっさりと見破ったレアに大してグレイは心底驚愕し、しかも毒の種類だけではなく、手に入れるまでの過程まで見抜いたレアにグレイは恐怖を抱く。



(こ、これが勇者か……なんという奴だ)



サンドワームと黒竜を従え、更に驚異的な反射神経と毒に対する専門知識も兼ね備えたレアに大してグレイは身体を震わせ、到底自分が叶う存在ではない事を思い知らされる。


しかし、傭兵の誇りとしてこのまま引き下がらるわけにはいかないと対抗心を抱き、彼は最後の抵抗を試みた。それは服の下に隠し持っている火属性の魔石を暴発させ、自分ごと巻き込んで自爆する魔法だった。



(こうなったら、せめて奴に一矢報いてやる……!!)



怪しまれないようにグレイは服の裏側に隠した魔石に手を伸ばし、服の内側に隠しておいたライターの形をした魔道具を利用して火属性の魔石を加熱させ、爆発させようと試みる。この魔道具は貴重品で滅多に市場でもお目にかからず、傭兵時代に彼が苦労して手に入れた代物でもあった。


レアが毒瓶に注意を引いている間にグレイは火属性の魔石に火を灯し、自爆してレアを巻き込もうとするが、そんな彼に対してレアは何げなく呟く。



「ああ、そうそう。その服の中に隠している魔石と魔道具を使って爆発するのは辞めておいた方がいいよ。俺はその程度の事では死なないし、無駄死になるよ」

「なぁっ!?」



自分の行動を読まれていた事にグレイは驚き、そもそもどうして自分の服の中に隠している魔道具と魔石の存在に気付いたのかと衝撃を受ける。実はレアは最初にグレイを発見した時に彼にも「解析」の能力を発動させ、詳細画面を開いていた。


グレイの詳細画面が表示された時にレアは彼が魔石と魔道具を隠し持っている事に気付き、毒瓶を投げ込むときも事前に画面が更新されてグレイの行動を先読みして行動に移す事が出来た。唐突に投げ込まれたら流石のレアも対処には遅れたかもしれないが、事前に相手の行動が分かっていれば対応は難しくはない。


最後の手段さえも見抜かれた事に気付いたグレイは無意識に魔石を落としてしまい、諦めたように項垂れてしまう。完全に心が折れた事をレアは確認すると、グレイに尋ねる。



「大人しく投降しなよ。こっちは君がハナノの周辺で暴れまわっている盗賊団の頭である事も、元傭兵で依頼されて盗賊稼業をしていた事も知ってるんだよ」

「そ、そこまで俺の事を知っていたというのか……何という男だ」



グレイは自分の素性まで知られていた事に冷や汗を流し、完全に観念したように力なく地面に身体を預けた。その様子を見てレアは実際の所は解析の能力でグレイの詳細画面を開いたとき、彼に関する情報は全て読み取っただけに過ぎないのだが、その事は口にせずに最初からグレイの存在を知っていたかのように話す。


完全にグレイの心を折って諦めさせると、レアは彼を拘束して一先ずは任務を完了させた。そして協力してくれた黒竜クロミンとサンドワーム《サン》の身体を撫で上げた。



「よくやったね二人とも、今日の晩御飯は期待していいよ」

「ギュロロッ♪」

「ガウッ♪」

「あっ……でも、文字数を使い切ったから今日は元に戻せないや」



今回の作戦のため、レアは1日に扱える文字数を使い切ってクロミンとサンを元の姿に戻した事を思い出し、今更自分の発言に撤回も出来ず、この状態の2匹が満足する量の食事をどうやって用意するのか悩んだ。

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