第432話 チイの不安

「あそこがハナノの街か……俺達が着た時に襲い掛かってくれば良かったのに」

「仕方あるまい、まずは依頼人に会って話を聞くべきだな」

「そうですね、では急ぎましょう」



馬車の運転はチイが行い、今回の旅ではシロとクロは同行させていない。嗅覚が鋭いシロとクロならば盗賊の捜索にも役立つと思われるのだが、魔獣を連れていた場合は盗賊が警戒心を抱いて襲わずに逃走する可能性も考慮し、2匹は白狼騎士団と共に待機させている。


ちなみに現在のレナ達は冒険者や白狼騎士団の格好ではなく、主に一般人に変装している。冒険者や騎士団の制服を着ていると盗賊達に警戒される可能性もあるため、一般人に扮してハナノに向かっていたのだが、結局は襲われる事もなく辿り着いてしまう。



「街に辿り着く前に着替えましょう。レイナ様、申し訳ありませんが私の鎧を出してくれますか?」

「はいよ」



レイナはティナの言葉を聞いて馬車に乗せていた「木箱」を開き、中からティナの鎧と大剣を取り出す。木箱の大きさから考えてもあり得ない程の量の荷物が次々と出現し、その様子を見たチイが呆れた声を出す。



「全く、お前の能力は本当に何でもありだな……聖剣を作り出したり、家を建てたり、果てにはそんな木箱をストレージバックのように変化させるとは……」

「最初からこれを作っていれば良かったよ」

「レイナ、私もお腹減ったから魚が欲しい」

「サンはジュース!!」

「ぷるるんっ(牛乳を所望する)」

「はいはい、分かった分かった」



ティナに武器と防具を返した後、まるで冷蔵庫から取り出すようにレナは望まれた飲食物を取り出して用意する。こちらの木箱もレイナが所持している鞄と同様に文字変換の能力で改造された代物であり、無制限に荷物を預ける事が出来る仕様になっていた。


今までは荷物の類は鞄やリュックなどに入れていたのだが、収納制限がないといってもやはり取り出す場合は蓋が大きい入れ物の方が便利であると判断し、レイナは大きめの木箱を購入して馬車に乗せていた。仮に他の人間に木箱が奪われたとしても中身が何を入っているのかを知らなければ収納した代物は取り出せない。


レイナの視点では木箱を開いたときは何の変哲もない空の木箱にしか見えないのだが、事前に木箱の中に預けていた代物を取り出したいと考えながら開くと、いつの間にかはこの中に臨んだ代物が入っている状態だった。必要な物を必要な時にだけ取り出せる木箱を作り出したレイナに対してチイは改めて彼女が勇者である事を意識する。



(こいつが信用に値する人間なのは間違いない。こいつのお陰で何度も命を救われたのも事実……だが、仮にこの男が敵に回った時、私達はどうなるんだ?)



チイは馬車を運転しながらもレイナの様子を観察し、今現在は自分達に協力しているが、もしも何らかの理由で敵に回った場合を考えるだけでチイは恐ろしく思う。



(最初に会ったときと比べてもレイナは確実に強くなっている。今では黄金級冒険者とも互角以上に戦える実力者へと成長した。という事はもうレイナに勝てる人間は白狼騎士団は疎か、ケモノ王国中を探しても何人いるか……これが勇者という存在か)



別にチイはレイナが嫌いなわけではなく、むしろ男性の中では一番の好感を抱いている相手である。ここまでの道中で彼女もレイナには何度も命を救われている自覚はあるが、それでも最悪の事態を想定するのは白狼騎士団の副団長である彼女の役目であった。


リルはレイナの事を完全に信頼しており、彼が裏切るなど全く考えていない。しかし、チイはレイナがもしも他の勇者に接触したり、あるいは彼等を人質に取られて敵に利用された場合を考慮してレイナが敵に回った時の事態の対策方法を考える。



(レイナが敵に回った場合、最悪の場合は刺し違えても止めなければならない。そして、その役目は私以外にいない……リル様やネコミンにそんな重荷を負わせるわけにはいかない)



チイはレイナと戦う場合を想定し、自分も強くなる必要があると判断した。だが、レイナを倒す手段など簡単には思いつかず、どうするべきかと考え込んでいると、ここでネコミンが鼻を鳴らして異変を感じとる。



「チイ、止まって!!」

「何っ!?」



ネコミンの言葉を聞いたチイは反射的に馬車を引いていた馬を止めようとしたとき、何処からか矢が離れて馬車を引いていた馬の頭部を貫く。



「ヒィンッ……!?」

「なっ!?馬鹿な、矢だと!?何処から撃ったんだ!?」

「チイ、危ない!!」

「うわっ!?」



馬車を引いていた馬の1頭の頭が射抜かれた事にチイは驚愕し、周囲に視線を向けて矢が射抜かれた方向を確認しようとしたが、咄嗟にレイナがチイを抱き上げて引き寄せる。その結果、彼女が先ほどまで座っていた場所に新しい矢が突き刺さった。


レイナが事前に引き寄せてくれなければ自分が矢に射抜かれていた事を知って彼女は冷や汗を流し、礼を告げる。

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