第420話 茂の実力
「くそっ!!逃げるな、この馬鹿竜がっ!!」
「ガアッ……!!」
人間の言葉を理解できるようになったクロミンは茂の言葉に流石に苛立つが、ここで反撃すれば彼を殺しかねない。いくら相手が勇者であろうと、人を無暗に攻撃する行為は出来ない。
主人であるレイナの言い付けを守り、クロミンはもう人間を襲わないと誓っていた。だからこそ相手が本気で殺しに来ようとクロミンは反撃を行わず、逃げる事に徹していたのだがここで茂は我慢できずにある能力を発動させた。
「ちっ……仕方ねえ、本当はやりたくないがあれを使うか」
「ガウッ?」
茂は立ち止まると、意識を集中させるように瞼を閉じた。その行動にクロミンは不思議に思うと、やがて茂の全身の血管が浮き上がってきた。そして茂自身は血走った目を見開き、クロミンを睨みつける。
明らかに茂の変貌にクロミンは戸惑い、茂の方は鼻血を噴き出しながらも笑みを浮かべ、クロミンの元へと駆け出す。その速度は先ほどまでの比ではなく、茂はクロミンの尻尾を掴む。
「うおらぁっ!!」
「ガアアッ!?」
信じられない事にクロミンの巨体が浮き上がり、柔道の一本背負いの要領で茂はクロミンの巨体を投げ飛ばす。そのあまりの怪力にクロミンは抵抗する暇もなく、背中から地面に叩きつけられてしまう。
「アガァッ……!?」
「まだまだっ!!」
豹変した茂はクロミンに向けて駆け出し、今度は腹部に向けて蹴りを叩き込む。その威力の大きさにクロミンは悲鳴を上げ、更に茂は無我夢中に拳を叩きつけた。
武道も何も習っていないはずの茂だが、格闘家の戦技や技能を全て習得している彼の動作は無意識に無駄を省き、的確に相手の急所に打撃を与える。その攻撃に対してクロミンは痛みを覚え、反射的に尻尾を振り払う。
「ガアッ!!」
「回し受け!!」
「ガウッ!?」
振り払った尻尾に対して茂は反射的に防御用の戦技を発動させ、空手の回し受けの要領で尻尾を別方向へと受け流す。更にそれだけでは留まらず、茂は両手を合わせて体内に衝撃を与える。
「発勁!!」
「ウガァッ!?」
直接体内に衝撃を流し込まれたクロミンは苦痛の声を上げ、これ以上に損傷を受けるとまずいと判断したクロミンはどうにか逃げようとするが、茂は逃さずに攻撃を行う。
「はははっ!!どうした!?牙竜というのはこの程度か!!」
「ガフゥッ!?」
今度は顔面を殴りつけてきた茂にクロミンの牙が幾つか折れてしまい、呻き声を漏らす。その様子を見て茂は笑い声をあげ、容赦なく追撃する。
一方的にクロミンを痛めつける茂だが、本来の黒竜の力ならば彼を倒す事は別に難しくはない。だが、レイナとの約束があるためにクロミンは彼に危害を与える事はせず、必死に耐え抜く。
「ちっ!!なんで抵抗しねえ……この弱虫がぁっ!!」
「ガアアッ……!?」
一切の抵抗をしないクロミンに対して茂は怒りを抱いたように巨体を両手で掴むと、信じられない事に自分の何倍もの大きさと何十倍の体重を誇るクロミンの身体を持ち上げた。
――この茂の姿の変貌と身体能力の異常の強化に関しては彼が所有する「限界強化」という能力が関わっており、この能力を発動させると茂は自分の肉体の限界まで身体能力を引き出す事が出来る。
分かりやすく言えば火事場の馬鹿力を強制的に引き出す能力であり、これを使用すれば本来は格上の相手であろうと茂は戦える事が出来た。だが、この能力は使用後は肉体に大きな負担をかける事からダガンから使用は控えるように禁じられていたが、頭に血が上った茂は気にせずにクロミンを痛めつける。
「うおおおおっ!!」
「アアアアアッ……!?」
尻尾を掴んだ茂は勢いのままに巨体を振り回し、十分に加速すると投げ飛ばす。その結果、クロミンは凄まじい勢いで地面に叩きつけられ、悲鳴を上げた。
「へへっ……これで終わりか、ならそろそろ殺して経験値を頂こうか」
「ガゥウッ……!?」
茂は全身から汗を流し、限界強化の発動時間の終わりを迎え、元の状態へと戻った。彼は全身から滝のような汗を流し、明らかに疲労困憊していた。
限界強化は短時間の間のみ身体能力を上昇させる力だが、発動後は途轍もない疲労と筋肉痛を引き起こすため、戦闘の際は本来は他の仲間が存在するとき以外は使用してはならない能力である。正に「諸刃の剣」に等しい能力だが、牙竜という竜種を相手にする事に茂は興奮して使用してしまう。
「くそっ……やっぱり、この技は使った後はきついな。まあ、こいつを倒して経験値を得られればいいか。竜種というぐらいだからたっぷりと経験値は盛ってるんだろ」
「ッ……!!」
「な、何だ……睨みつけやがって、そんな状態じゃ戦えないだろ?」
クロミンを殺して経験値を得ようとした茂だったが、もう瀕死のはずのクロミンに睨みつけられ、そのあまりの迫力に戸惑う。どうみてもクロミンはもう戦える状態ではないのだが、黒竜の迫力に茂は冷や汗を流す。
※投稿が遅れて申し訳ありません(´;ω;`)
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