第416話 黒竜狩り

馬に乗って駆けつけてきた兵士は城門の前に辿り着くと、余程焦っているのか彼は城壁の兵士に対して大声を上げる。



「た、大変だ!!大変な事になった!!」

「おい、どうしたんだ!?」

「まずは落ち着け、何が大変なんだ!?」



慌てふためく兵士の様子を見て、城壁の兵士達も只事ではない事に気づき、茂は城壁から飛び降りて兵士の前に降り立つ。



「おう、なにがあった!?面白い事でも起きたのか!?」



高さが10メートルは存在しそうな城壁を降りてきた茂に兵士は驚くが、当の茂本人は特に何事もなかったように着地を行う。高レベルの人間ならば高所から落ちても着地する事は難しくはないが、茂の場合は着地の際の衝撃を全く受けていないかのように歩み寄る。


駆けつけてきた兵士は茂の顔を見て戸惑い、彼は勇者である茂を見るのは初めてだった。しかし、他の兵士と格好が違い、更に並の人間とは思えない雰囲気を纏っている事からすぐに正体に気づく。



「ま、まさか……貴方が勇者殿ですか!?」

「そういう事だ、それで何が起きたって!?」

「じ、実は……」



相手が勇者であるのならば話しても構わないかと考えた兵士は報告を行う。実は牙路の山岳に調査に出向いていた兵士から報告が届いたという。



「山岳へ派遣した調査隊の兵士が戻り、牙路にあの「黒竜」が現れたのです!!それで急遽、付近の村や街の住民に警告を行うように伝令を遅れと命じられました!!」

「黒竜?牙竜とは違うのか?」

「あ、いえ……牙竜の亜種の名称です。数十年に一度の割合で牙竜は亜種が誕生すると言われ、その外見が真っ黒に染まっている事から黒竜と呼ばれています」

「亜種か!!そいつは強そうだな……!!」

「ゆ、勇者様!?」



牙竜を倒しに訪れた茂だったが、普通の牙竜ではなく「亜種」が現れたという話に強い興味を抱き、彼は拳を叩き合わせる。その動作だけで軽い衝撃音が鳴り響き、鋼鉄に匹敵する硬さの拳を衝突させているかのようだった。


何日も城に引きこもったまま連絡を待ち続けていた茂は我慢できず、いい加減に暴れたいと思っていた兵士に黒竜が現れた場所を尋ねる。



「その黒竜というのは何処にいるんだ?答えろ!!」

「え、それは……」

「だ、駄目だ!!話すんじゃない!!」

「勇者殿、落ち着いてください!!」



伝令兵が答える前に城壁の兵士達が慌てて止めようとした。茂はこの城に送り込まれた名目は「牙竜」の討伐だが、実際は彼の反省を促すために送り込んだに過ぎず、本当に牙竜を討伐させるつもりな毛頭なかった。


しかし、茂本人はそのような事情は知らず、自分の邪魔をしようとする兵士達を無視して彼は伝令兵の両肩を掴み、黒竜が現れたという場所を尋ねる。



「さあ、早く答えろっ!!黒竜というのは何処だ!?」

「き、牙路の入口付近で発見したと聞いています……ここから馬で移動するとしてもかなりの時間がかかると思いますが……!!」

「馬か……方角はどっちだ!?」

「ほ、北東です!!山岳が見えればそれに沿って移動すれば辿り着けます!!」

「ば、馬鹿!!それ以上喋るんじゃない!!」



伝令兵の言葉を聞いて茂は笑みを浮かべ、慌てて城壁の兵士達は彼を止めようとしたが、茂はその場で屈伸を行うと兵士達に告げた。



「俺は一足先に向かう!!お前らは後で来い、牙竜なんぞぶっ殺してやる!!」

「お、お待ちくださいシゲル殿!?」

「危険すぎます!!」

「な~に、俺は勇者だ!!死んでもどうせ生き返れるだろ!!」

「勇者殿、何を言ってるのですか!?」



茂は自分が死んだとしてもゲームのように生き返る事が出来ると半ば思い込んでおり、その発言に兵士達は驚く。当然だがこの世界は現実の出来事なので勇者だろうと死ねば生き返る方法はない。


この世界には都合よく人を読みがらせる方法はなく、一応は「蘇生魔法」と呼ばれる能力を扱える勇者もいた。だが、今回の勇者の中にそのような大魔法を扱える物はおらず、死ねば生き返る事はあり得ない。


軽く準備運動を行った茂は兵士が止める暇もなく駆け出し、その足の速度は異常だった。並の馬よりも素早く彼は駆け抜け、更に全力疾走で動いても茂の体力が尽きる様子はない。



(へへっ……久々の戦闘だ、やってやるぜ!!)



拳の勇者として召喚された茂は肉体面の能力に関しては4人の勇者の中でも最も秀でており、その筋力と体力は他の勇者とは比べ物にならない。彼が本気で走れば疾風の如く駆け抜け、肉体も金属のように固く、体力にも恵まれていた。


小城の兵士達は慌てて彼を追いかけようと馬を出すが、既に茂の姿は見えず、彼等だけで牙路へ向かうのはあまりにも危険過ぎた。そのため、すぐに兵士達は他の城へ勇者が牙路へ向かった事を告げ、ついでに付近の街に牙竜の亜種が現れた事を警告するために動くしかなかった。

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