第415話 勇者シゲル

茂は勇者の中でも特に戦闘を好み、相手が魔物だろうと人間だろうと彼は恐れずに戦闘を挑む。そのせいで最初の頃は護衛の兵士を振り切って魔物に挑みかかり、大けがを負う事も多かった。


彼の性格を問題視した指導役のダガンは何度も注意したが、茂は聞き入れる事はなく彼は戦闘が始まると真っ先に飛び出してしまう。しかし、流石は勇者なだけはあって成長速度も速く、次々と魔物を倒して茂は力を身に付ける。


王都に存在する古王迷宮では既に茂は他の二人と共に第三階層まで赴いた事もあり、魔物を倒してレベル上げを行っていた。だが、第四階層へ挑む事は皇帝から禁じられ、彼はその事に不満を抱く。


最も皇帝としても別に意地悪で勇者たちを第四階層に挑ませないわけではなく、先日の聖剣を持つアリシアでさえも第四階層で死にかけた事から彼は第五階層の危険性を考慮し、いくら勇者といっても彼等が挑むにはまだ早いと考えた上での判断だった。




――しかし、ある時に茂は自分のレベルが急に上がらなくなった事に不満を抱き、下の階層へ移動する度に魔物の危険度も上昇するが、その分に得られる経験値も多い事を知っていた茂は無断で第四階層に挑んでしまう。





結果から言えば第四階層に生息するゴーレムが相手では素手で戦う茂とは非常に相性が悪く、彼は危うく死にかける寸前に駆けつけたアリシアと騎士の部隊に救出される。


後にダガンの後を引き継いで勇者の指導役を任せられたミレイは激怒すると、茂を一方的に叩きのめして説教を行う。その後の茂は回復薬も回復魔法も使用して貰えず、何日もベッドの上に寝込む羽目になったという。



『そんなに勇者様が戦いが好きだというなら、牙竜とでも戦ってみな!!』



怪我が治った茂は懲りずに古王迷宮に挑もうとしたとき、あきれ果てたミレイは彼を国境付近の守備の仕事を与え、半ば強制的に牙路付近に存在する小城へと配備させた――




「――という事で、俺はここに送り込まれたんだよ」

「それはまた、何というか……ミレイ将軍らしいですな」



茂から話を聞いた兵士達は何とも言えない表情を浮かべ、仮にも勇者である茂を牙竜が出現するかもしれない危険地帯に送り込むなど普通ならばあり得ない事だろう。しかし、茂自身は特に落ち込んだ様子はなく、むしろ楽しみにしていた。



「牙竜か……中々格好いい名前じゃないか、竜種の中では弱い方と聞いているが、それでもゴブリンやオークどもとは比べ物にならないんだろう?楽しみだぜ、もしも現れたら俺がぶっ殺してやる」

『はははっ……』



兵士達は茂の言葉に乾いた笑みを浮かべ、彼等は牙竜を倒すつもりでいる茂に対してなんと苦笑いしか出来ない。茂は知らないようだが、実はこの城は国境付近に存在する城の中で最も安全な場所である事を茂は知らされていない様子だった。





――現在、茂が存在する「ボウ城」と呼ばれる城は実は正確に言えば城ではなく、他に存在する国境付近の城同士の連絡のために設けられた謂わば「休憩地点」に過ぎない。


この城は国境を守護する大きな城同士の中間地点に存在するため、例えば他の城から出発した伝令がこの城に訪れれば伝令役を交代し、他の城への連絡を行う。そのためにここには最低限の兵士しか配置されておらず、それどころか滞在中の兵士達は基本的には平時では農作業を行っている。


今までに牙竜がこの城にまで訪れた事は殆ど存在せず、最後に牙竜の姿が目撃されたのは10年以上も前の出来事だった。しかもその時はあくまでも牙竜の姿を見かけただけであって実際には城に攻め込まれる事もなく、牙竜は引き返している。


そのため、仮に茂がここで待ち伏せていようと牙竜が城まで訪れる事はなく、彼は無意味に時間を潰している。恐らくはミレイは牙竜が現れない城に茂を滞在させた理由は彼が音を上げて王都へ引き返す意思を出すまで待つつもりなのだろう。



「あ~……くそ、牙竜の奴はまだ来ないのかよ!!」

「ははは……まあ、落ち着いてくだされ勇者殿。そうだ、気晴らしに我々と訓練でもしませんか?」

「訓練か……まあ、ここでじっとしているよりはマシか」



兵士の言葉に茂は防壁の上で外を眺めるのも飽きたので訓練に参加しようとしたとき、不意に彼は視界の端に何かを捉えた。



「ん!?おい、あれを見ろ。馬に乗った奴がこっちに来てるぞ」

「え!?本当ですか?」

「ああ、俺は目も良いからな……あれは、兵士だな。お前らと同じ格好をしているぞ」



城に向けて近づいてくる人間に気づいた茂は目を凝らすと、その正体が馬に乗った帝国兵である事を見抜き、彼は兵士の様子を見てただ事ではなさそうだと知る。一方で城に滞在している兵士達も戸惑う。


この城には滅多に他の城から兵士が訪れる事はなく、もしも兵士が送り込まれたときは何か緊急事態が起きた事を示す。茂は兵士の姿を見て何となくだが、期待感を抱く。

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