第414話 勇者の噂

「……もうすぐ、監視所が見えてきます。気を付けてください」

「監視所か……そういえば監視所はどんな場所にあるんだっけ?山の上?」

「違う、平原の方に存在する……といっても、目立たないように地上には小さな建物しか存在しない。だけど、地下が存在するからそこに兵士が隠れている」



ネコミン曰く、牙路の監視を行っている兵士達は牙竜の襲撃に備え、平原に監視塔のような建物を建てて見張っているという。仮に牙竜が現れて襲われた場合を想定し、地下には兵士たちが避難出来る限りの秘密の地下室が存在するらしく、緊急時は兵士達は地下へと避難して難をやり過ごすという。


監視塔の兵士達に見られないよう移動を行うしかなく、牙路を抜け出してもレイナ達は安心は出来ない。せめて夜の間ならば見つかりにくいのだが、まだ夜を迎えるまで時間があった。



(こうも明るいと見つかる恐れがあるな……あ、そうだ。それならあの方法を利用すれば……)



レイナは空に視線を向け、他の二人に気づかれないように小石を拾い上げる。そして解析と文字変換の能力を発動させ、準備を行う。



(上手くいくと良いけど……行けっ!!)



小石の名前をある文字に変化させたレイナは空へ目掛けて小石を放り込むと、空中にて小石は光り輝き、やがて黒雲へと変化して周囲一帯を覆いつくす。その結果、先ほどまで日に照らされていた平原が雲によって遮られ、一面が暗く染まる。


突如として出現した「黒雲」にティナは驚くが、暗くなったお陰で見つかりにくくなり、監視所に存在する兵士達も周囲の様子が確認できにくくなったのは間違いない。この調子でティナは先に進む事を提案した。



「急に暗くなりましたね。ですが、好都合です。今のうちなら見つからずに進めるでしょう、先に行きましょう」

「うん、そうだね」

「…………」



ティナの言葉にレイナは何事もなかったように頷き、そんなレイナを見てネコミンは彼が何をしたのかを察したように無言で頷く。黒雲が消える前にレイナ達は早急に場所を移動し、そして遂に牙路へ抜け出す事に成功した――







――以前にレイナは国境付近にヒトノ帝国は数万人の兵士を配備させていると聞いていたが、それはケモノ王国の侵攻を恐れた上での兵士の配備ではなく、この牙路に生息する牙竜の警戒のために軍勢を配置させているのではないかと考える。


実際にレイナの考えは間違ってはおらず、ヒトノ帝国側も牙竜の脅威を恐れていた。近年は特に魔王軍の活動によって国内の軍勢を割いているため、これに更に牙竜の対策のために国境へ大軍を配備させなければならず、ある意味ではケモノ王国以上に牙竜という存在に頭を悩めていた。


しかし、最近になって国境付近に存在する城に勇者の一人が配備された。その勇者とはレイナのクラスメイトにして「拳の加護」を持つ「大木田 茂」だった。



「ふぁあっ……眠いな、敵はまだ来ないのかよ」



茂は国境付近に存在する「ボウ城」と呼ばれる小城に留まっていた。この城には1000名程度の兵士しか配置されておらず、茂は防壁にて暇そうに欠伸を行う。



「シゲル殿、暇そうですな」

「うるっせえな……たく、なんで俺がこんな目に」

「そういえばシゲル殿はどうしてこの城に訪れたのですか?」



防壁にて暇そうに外を眺める茂に兵士達は気さくに話しかけ、相手が勇者だからといって彼等はへりくだりはしない。その理由は茂が訪れた時に兵士達に自分に変な気を遣うなと厳命したからである。


見た目とは裏腹に茂は別に他人に対して威張り散らす事はせず、相手が自分よりも身分が低い人間だろうと気にせずに話しかける。とはいっても別にそれは彼が他の人間と対等に接したいというわけではなく、単純に敬語を使って話すのも話しかけられるのも嫌いなだけだった。



「ああ、そういえば言ってなかったか?最近、大迷宮に籠ってレベル上げを行おうとしても上手くいかなくてな……レベルが上がらなくなったんだよ」

「ほう、ちなみにシゲル殿のレベルはおいくつですかな?」

「31だ……ちなみに俺が一番高いんだぜ?」

「31!?それは凄い、こんな短期間にもうそれだけレベルを上げたのですか!?」



シゲルの言葉に兵士達は驚き、ほんの数か月でレベルを31にまで上昇させた彼に驚きを隠せない。仮に普通の人間がレベル30に至るまでには数年の月日を必要とする。それを数か月で上昇させたというシゲルに兵士達は素直に驚く。


しかも彼の場合は「拳の加護」の効果で身体能力の上昇率が高く、実際の所はレベル以上に肉体は強くなっていた。シゲルも最初の頃はどんどんと強くなる自分に嬉しく思い、魔物退治に励んでいたのだがレベルが20を超えた辺りから一気にレベルが上がりにくくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る