第411話 牙路の主
「い、行ってしまいました……ど、どうすればいいのでしょうか」
「レイナの言う通り、ここで待った方がいい」
「しかし、もしも牙竜に見つかったら……」
「大丈夫!!レイナならすぐに戻ってくる!!」
「ぷるんっ(本当に?)」
レイナが先に行ってしまった事にティナは戸惑い、ネコミン達は特にその事に不安を抱く様子はない。その反応を見てティナはレイナが彼女達にどれほど信頼されているのかを知るが、だからといってこのような危険地帯で先に行くなどあまりにも無謀に思えた。
ティナもレイナの実力は知っているが、それでも噂に聞く牙竜が彼女に襲い掛かった場合、勝てる保証はない。確かにレイナは強く、不思議な能力を持つ剣(ティナには魔道具の一種だと伝わってた)を持っている事は知っている。しかし、それでも人間であるレイナが竜種である牙竜に勝てるのかと思えない。
(急にどうして……まさか、私達のために偵察を?いや、このような見晴らしの良い場所でそんな意味があるのでしょうか……)
牙路は牙竜が現れる事を除けば特にのどかな平原が広がっているだけであり、身を隠す障害物は少ない。そのために派手に動けば牙竜に見つかる可能性があるため、慎重に進むのが一番の方法だとティナは考えていた。
ここまでの道中でティナは牙路を潜り抜ける方法を考え、乗り物を使わずに徒歩での移動を考えたのも目立たないためだった。しかも現在の彼女は派手な鎧を隠すために緑色のマントを羽織っている。レイナ達が同行すると決まった時は彼等にも同じ装備を用意させる。
(くっ……やはり、ここで待ち続けるよりも探しに向かった方が……)
レイナが戻ってこない事にティナは不安を隠しきれず、やはり追いかけるべきかと思った時、ネコミンが獣耳を動かし、サンも何か聞こえたのか目を見開く。それと同時にシルも唐突に震え始める。
「ぷるんっ!?ぷるるるんっ!!」
「シル!?どうしました!?」
「……何かがこっちに近付いてくる」
「でっかいのが来る!!」
「「グルルルッ……!!」」
シルが接近する魔物の気配を感じ取り、他の者達も警戒するように身構えるのを確認すると、ティナも大剣を引き抜く。最悪なタイミングで牙竜が現れたのかと彼女は焦りを抱くと、やがて前方から派手な咆哮を放ちながら接近する生物の姿を捉えた。
――ガアアアアッ!!
咆哮を放ちながら現れたのは全身が黒色に染まった牙竜である事を認識すると、ティナは目を見開く。通常の牙竜と色合いが違い、更に噂に聞くよりも体格が非常に大きい事から彼女はすぐに現れた牙竜の正体を「亜種」だと見抜く。
この状況下で通常の牙竜ではなく、より危険で獰猛な亜種が現れた事にティナは焦り、すぐに彼女は大剣を構えて全員に逃げるように促す。
「皆さん、すぐに逃げてください!!ここは私が……」
『…………』
「ぷるんっ!?」
ティナは自分の身を犠牲にしてでも立ち塞がろうとするが、そんな彼女の言葉を聞いてもネコミン達は動く様子がなく、それどころか取り乱した様子もない。
その反応にシルは戸惑うが、やがて出現した黒竜はある程度の距離まで近づくと、唐突に何かを感じ取ったように立ち止まってしまう。
「ガウッ!?」
「うわぁっ!?」
「えっ……れ、レイナさん!?」
牙竜が突然に停止した瞬間、背中からレイナが飛び出し、地面に落ちてしまう。その様子を見てティナは驚き、他の者達は駆けつけようとしたが慌ててレイナは止める。
「ネコミン!!石、石!!」
「あ、そうだった……ちょっと待ってて」
レイナに指摘されてネコミンは所持していた「魔除けの石」を背中のリュックにしまうと、黒竜は安心したようにゆっくりと歩み寄る。その様子を見てティナは大剣を構えて警戒するが、起き上がったレイナは黒竜を落ち着かせるように頭を撫でる。
「よしよし、ごめんね。そういえばこの姿だと魔除けの石の効果を受けるんだっけ」
「ガウウッ」
「あははっ、くすぐったいよ」
黒竜はレイナの顔に大きな舌を伸ばし、そのままレイナが首を撫でてやると嬉しそうな声を上げる。その様子を見てティナは唖然とするが、他の者達は躊躇せずにレイナの元へ向かった。
自分とシル以外の者達が何の躊躇もなく黒竜に近付く姿にティナは戸惑いを隠せず、一体何が起きているのか理解できなかった。しかし、すぐに彼女はレイナが黒竜を手懐げている事に気づき、いったい何をしたのかを問う。
「れ、レイナさん!!その牙竜はいったい……!?」
「あ、えっと……実はさっき、そこで眠っているこの子を見かけて友達に……いや、魅了の能力を使って従えさせてるんです」
「ガウッ?」
「み、魅了!?それは吸血鬼が扱うという……確か、異性を虜にする能力の事ですか?」
レイナの言葉にティナは衝撃を受けた表情を浮かべ、レイナが魅了の能力を所持していた事も驚きだが、まさか人間だけではなく、魔物さえも従えさせる事が出来る事に驚きを隠せなかった。
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