第380話 商人の交渉

「お、お待ちください!!そ、その剣……少しだけ見せて貰えませんか!?」

「うわっ!?危ない!!」



レイナの元に商人の男が駆けつけ、アスカロンに手を伸ばす。しかし、聖剣の拒否反応が起こる事を恐れたレイナは男を止めようとすると、彼は必死に頼み込む。



「ど、どうかお願いします!!少しだけ、少しだけでいいですから!!」

「……少しだけですよ」



頼み込んでくる商人に対して渋々とレイナはアスカロンを手渡し、聖剣に対して拒否反応が起きないように祈る。以前に聖剣を他の人間に触れさせた時は所有者のレイナが許可を出せば他の人間が触っても問題はなかったため、聖剣に拒否反応が起きないように念じながら渡す。


受け取った商人は震える手でアスカロンを覗き込み、彼は一目見ただけでアスカロンの性能を見抜く。商人は鑑定士と同じく「鑑定」と呼ばれる能力を身に付けており、アスカロンがどれほど素晴らしい性能を誇るのかを見抜いた。



(な、なんという剣だ!!これぞまさしく、伝説の名剣……どうしてこんな小娘がこれほどの剣を持っている!?)



振るえる腕でアスカロンを支えながらも商人はレイナに視線を向け、一方でレイナの方は自分を見てくる商人に対して疑問を抱き、もう十分だろうと判断してアスカロンを取り上げる。



「もういいでしょう?返してもらいますよ」

「あ、ちょっ、ちょっと!!」

「先を急ぎますのでこれで失礼します」

「ばいばい」

「ぷるぷるっ」



レイナはサンとクロミンを連れて王都へ向かおうとすると、慌てて商人は駆け出して先回りを行い、その場に膝を付いて頼み込む。



「ま、待ってくれ!!いや、待ってくだされ!!どうか、どうかその剣を譲ってくれないか!?」

「会長!?」

「いったい何を……」

「無論、ただでとは言わない!!そうだな、金貨10枚……いや、金貨30枚でどうでしょうか!?」



商人の行動に他の人間達は驚き、一方でレイナの方は面倒そうな表情を浮かべ、サンは不思議そうに首を傾げる。クロミンに至っては「何言ってんだこいつ」とばかりにジト目を向けるが、商人は諦めるつもりはないらしい。


彼は金額を提示してレイナにアスカロンを売却して欲しいことを伝えるが、どれだけの金を積まれようとレイナはアスカロンを売却するつもりはない事をはっきりと告げた。



「すいませんが、この剣はうちの家宝なのでお譲り出来ません」

「そ、そこを何とか……そうだ、ならば金貨50枚はどうでしょうか!?それに馬車も付けます!!」

「だから金額の問題じゃありません、この剣だけは譲れません」

「ぐううっ……分かった。ならば金貨100枚だ!!」

「会長!?何を言ってるんですか!?」

「そんな金額用意できるはずがないでしょう!?」



日本円に換算すると1000万円の値段を提示した商人に他の人間は驚きを通り越してあきれ果てるが、レイナはきっぱりと断った。



「お断りします、この剣は誰にも渡せません」

「ぐぐぐっ……ここまで頼んでも、ですか?」

「では、先を急ぎますので……」

「ま、待て!!私はこの王都でも顔が利くんだぞ!?この私にこんな真似をして無事でいられると思うな!!」



自分を素通りして王都へ戻ろうとしたレイナに対して商人は怒りを抱き、最終的には脅迫を行う。そんな彼にレイナは面倒そうに振り返ると、商人は偉そうに胸を張る。


冒険者という職業は信用を第一とするため、仮に実力がある冒険者だとしても悪評を流されれば仕事に大きな支障をきたす。それを利用して商人はレイナに脅す。



「私は冒険者ギルドのギルドマスターとも顔見知りだ。その気になればただの銅級冒険者如き、私の権限で解雇させる事も出来るのだぞ!?」

「なるほど……それで?」

「な、なんだその態度は!?まだ自分の立場が分かっていないのか、私は……」

「はいはい、分かりました。なら、これを見て下さい」



レイナは商人の言葉に対して面倒そうに自分の懐に手を伸ばし、このような事態に備えてリルから渡されていたペンダントを取り出す。このペンダントは何か困った事態に陥ったときはこれを見せればいいとリルから受け取った代物である。



「これ、分かりますか?」

「何だそれは……こ、これは!?王家の紋章!?」

『えっ!?』



ペンダントに刻まれた紋章を見せつけた途端、商人の顔色が変わり、他の人間達も動揺した表情を浮かべる。レナはペンダントに刻まれた紋章の意味は知らないが、彼等からの反応を見てどうやら使い所は間違っていないらしい。




――ケモノ王国では王家の紋章を刻む装飾品を持ち歩く事が許されるのは王族か、あるいはそれに関係する人間しか許されない。つまり、レイナは暗にこの国の王族の関係者である事を示す。




相手が王族の関係者だと知った商人の顔色は真っ青と化し、そんな彼に対してレイナは淡々と告げた。



「これ以上、俺に関わらないでください。いいですね?」

「は、はひっ!?」

「ああ、それと部下の人たちにはもっと優しくした方がいいですよ」

「わ、分かりました……」



商人は先ほどまでの態度はどうしたのかその場に平伏し、身体を震わせる。レイナはペンダントを見てそんなに凄い代物だったのかと驚きながらも王都へ帰途した――

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