第323話 大迷宮の防衛機能

「第一階層にゴブリキングが現れたのはもしかしたら私達のせいかもしれませんね」

「何?どういう事だ?」

「私が回収した死霊使いの日記の中には大迷宮内で短期間で魔物を大量討伐した場合、大迷宮内にてより強力な魔物が出現する法則があるようです。前にも話しましたが、大迷宮内で魔物が絶滅しない理由を覚えてますか?」

「ああ、大迷宮内では魔物を殺しても別の場所で魔物が誕生するという話だな?」



外界とは異なり、大迷宮内では魔物はいくら討伐しても絶滅する事はない。その理由は大迷宮内では魔物の死骸を吸収し、別の場所で新たな魔物を生成する仕組みが存在するからだと言われている。


実際に冒険者の中には魔物が出現する場面を見た人間も存在し、仮に魔物の素材を全て回収したとしても魔物がいなくなることはあり得ない。しかし、リリスが回収した死霊使いの記録によると短期間で大多数の魔物を殲滅した場合、より強力な魔物が産まれる事例もあると記されていた。



「過去に魔王軍の軍勢が大迷宮を完全に支配するため、大量の魔物を討伐した事があったそうです」

「魔物が魔物を殺したのでござるか!?」

「いえ、魔王軍を構成しているのは魔物ではなくて「魔人族」ですよ」

「魔人族……魔物の力を持ち合わせた種族か」



かつて存在した魔王軍は魔物を統べていたのは事実だが、その魔物を操っていたのは「魔人族」と呼ばれる種族である。先日にレイナ達が倒したミノタウロスや吸血鬼も魔人族に含まれるが、魔王軍に従っていた魔人族はミノタウロス以外にも様々な魔人族が存在した。


獣人族が人間と動物の性質を併せ持つ存在だとしたら、魔人族の場合は人間の知能と肉体に更に魔物の能力を取り込んだ存在と言える。魔人族がどのような経緯で誕生したのかは不明だが、一説では魔物と人間が交わって生まれた子供が魔人族とも言われている。



「魔人族で構成された魔王軍はそれはもう凄い軍隊だったらしいですね」

「ああ、異界から勇者が召喚されるまでの間、各国は魔王軍に対抗する事も出来ず、危うく世界の危機に追い込まれるほどだったと伝えられている。私達も戦ったミノタウロスや吸血鬼も恐ろしい相手だったな」

「確かに……レイナいなかったら殺されていたかもしれない」

「その魔人族の軍勢を使って剣の魔王は大迷宮を制覇しようとしました。しかし……」




――かつて剣の魔王と呼ばれたバッシュという魔人族は自分の軍隊を呼び寄せ、大迷宮に乗り込んだという。理由は色々とあるが、自分達の拠点を欲していたバッシュは大迷宮を制覇する事で居城にしようとしていた可能性が高い。


実際に環境の厳しい第三階層にあえて街を作り出したり、城の中に自分の大切な妖刀ムラマサを保管していた当たりは本気で大迷宮を魔王軍の拠点にしようとしていたのだろう。しかし、その過程で魔王軍は思いもよらぬ障害にぶつかってしまう。


バッシュの命令を受けて魔王軍はまずは各階層に存在する魔物の殲滅を試みる。真っ先に狙われたのはゴブリンしか生息しない第一階層であり、バッシュは戦力を集中させて討伐を行ったという。




しかし、結果から言えばいくらゴブリンを倒しても第一階層から完全に消えてしまう事はなく、必ず復活を果たす。何度かゴブリンの死骸を回収される前に焼き尽くした事もあったが、結局は結果は変わらず、それどころか徐々に強力なゴブリンが生まれてくるようになった。


最初の内はゴブリンしか出現しなかったが、討伐を開始してからしばらく経過するとゴブリンの上位種のホブゴブリンが現れるようになり、更に討伐を続けた結果としてゴブリンキングが現れたという。ホブゴブリン程度ならまだしもゴブリンキングは非常に厄介な存在でしかもいくら倒しても復活を果たすので魔王軍も大きな被害を受けたという。


結局は大迷宮の完全な掌握は不可能だと判断され、バッシュは環境は厳しいが魔物の数が少ない第三階層に街を作り出した。だが、その後に勇者によって魔王は討ち果たされ、大迷宮に暮らしていた魔王軍も勇者と当時の獣人国の軍隊に滅ぼされた。





「死霊使いの記録によると大迷宮内で短期間で大量の魔物を殺し続ければより強力な個体が誕生する傾向があるようです。私も皆さんが出向いた後にその記録を見つけたんですが、どうやら低い階層で素材を集めるのも苦労しそうですね」

「しかし、それなら魔物を倒さずに気を付けて進めばいいのでは?」

「無茶を言うな……第一階層は草原という性質上、身を隠す場所が殆どない。それに薬草が生えている場所にはゴブリンが待ち構えている事も多い。戦闘は避けられないんだ」

「回復薬を作り出すために薬草を採取しにいくのに、結局採取する人間が被害を受けて回復薬を使う羽目になってたら意味ありませんからね」

「……しかし、さっきの話だとゴブリンを倒した後に生まれるのはホブゴブリンのはずだろう?なのに段階を飛ばしてゴブリンキングが現れた理由はなんだ?」

「それは薬草が原因じゃないんですか?大迷宮にとっては薬草もゴブリンも同じ存在として扱われていて、薬草を大量に採取したせいで段階を飛ばしてゴブリンキングが誕生したという可能性もあります」

「……なんてこったい」



リリスの言葉はあくまでも予想にしか過ぎないが、不思議と信憑性があるように聞こえるため、これで危険度が低い低階層で素材を回収し続けるのも難しくなってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る