第321話 幻の第五階層の手がかり……のはずが

「まさか、本当に存在したのか」

「し、信じられない……いや、リル様のお考えを疑っていたわけではありませんが、でも本当に存在したなんて!!」

「……火竜の住処の傍に存在したのなら誰にも見つからなかったはず」

「いや、見つけた人間はいたさ。歴史上でたった一人だけ、ね」



かつて幻の第五階層が存在する事を知らせた冒険者が一人だけ存在し、その冒険者もこの場所に訪れたのは間違いない。しかし、この冒険者は再び第五階層に足を踏み入れたという話は伝わってはおらず、だからこそ多くの歴史学者は彼の言葉を虚言だと考えていた。


しかし、第五階層の出入口が火竜の住処に存在するという事実を知った今ならばリルは冒険者がどうして他の者に転移台の居場所を教えなかった理由を悟る。もしもこんな場所に転移台の出入口が存在する事を伝えれば、命知らずの冒険者の多くは第五階層に向かうために無謀に火竜の住処に入り込み、命を落としてしまうだろう。


どのような経緯で最初に転移台を発見した冒険者はこの場所まで辿り着けたのかは分からないが、その後に冒険者が再び第五階層に向かおうとしなかったのは冒険者自身も転移台が存在する場所に辿り着けたのは只の偶然か、あるいは奇跡だったのだろう。もう一度挑めば今度こそ自分は死ぬと確信していたからこそ、冒険者は第五階層に再び足を踏み入れるのを断念したと考えられる。



「これが第四階層の転移台か。凄いな、今までの転移台とは比べ物にならない大きさだ」

「これなら大人数でも転移できそうですが、そもそもどうしてこんな場所に転移台があるのか……」

「確か、リリスの話によると転移台は大迷宮が作り出す魔力を吸収して発動するらしいが、ここが良質な火属性の魔石が取れやすい火山である事も関係しているかもしれないな」




――リルの推測は間違ってはおらず、実をいうと第四階層の転移台の動力源は火山から溢れる魔力であった。火山から生み出される膨大な魔力を利用しなければこの規格外の大きさの転移台は発動する事はない。




どうしてアカが転移台が存在する場所を知っていたのかというと、ここは子供の火竜にとっては遊び場代わりの場所だった。リル達をここまで案内したのはレイナが最後に「安全な場所まで連れて行って欲しい」という指示を受けたからこそ、アカはここまで案内した。



「シャアアッ♪」

「ウォンッ?」

「クゥ~ンッ」



リル達が転移台の前で話し合っている間、火竜は楽し気に転移台の周囲を走り回り、その様子をシロとクロは眺める。一方でリルの方はレイナを抱えながらも転移台の中央部に存在する台座に近付き、緊張した面持ちで覗き込む。


今までの傾向から各転移台には次の階層の合言葉が記され、第五階層に辿り着いたという冒険者もこの場所から次の階層へ転移したのは間違いない。案の定というべきか、転移台には文字らしき物が刻まれていた。だが、その文字を見てリルは眉をしかめる。



「これは……参ったな」

「な、なんて書いてあったんですか!?」

「チイ、文字を読み上げると転移が発動するから危ない」

「あ、そういえば……リル様、お気を付けください。まずは転移台から離れてから教えてください!!」

「……大丈夫だ、二人もこっちに来て見た方がいい」



前に迂闊に転移台を発動させた事で厄介な目に遭った事を思い出したネコミンが注意すると、リルは二人にも台座の文字を確認するように促し、二人は緊張した様子で覗き込む。


台座を確認した瞬間、チイとネコミンは目を見開き、リルはレイナを抱えた状態で頭を悩ませるように項垂れる。



「「……よ、読めない」」

「ああ……どうやら、そこにいるアカのせいらしい」

「シャアッ?」




――転移台の台座のあちこちに鋭い刃物のような物で削り取られた跡が存在し、残念ながら記されていた文字の部分も無茶苦茶に削り取られ、元の文章が確認できない状態だった。


この場所は生まれてきたばかりの火竜にとっては遊び場のような場所のため、火竜の幼体が転移台の傍で過ごし、中には転移台を利用して鉤爪を研ぎ澄ましていた固体も存在したらしい。頑丈な素材で出来上がっているはずの転移台と言えども、生態系の頂点に立つ竜種の鉤爪を耐え凌ぐ事は出来なかったらしく、折角転移台を見つけ出したというのに肝心の第五階層の合言葉が解読できなかった。



「そ、そんな……ここまで来て、第五階層の合言葉が分からないなんて……」

「が~んっ……」

「いや、だが第四階層にも転移台が存在する事は判明した。それに文字は読めないが、合言葉があるという事は第五階層は実在する事は確かなんだ。これだけでも大きな成果と言えるが……問題なのは第五階層に転移する手段がないと、第五階層へ入ったという証拠を持ち出す事が出来ない」



白狼騎士団が大迷宮に挑んだのは幻の第五階層が存在するのかを確かめるためであり、いくら第四階層の転移台を見つけたとしても肝心の第五階層へ入る事が出来なければ今回の目的の半分は台無しになってしまう。しかし、文字を解読しようにも状態が酷すぎて読み解く事も出来ず、どうするべきかとリルは思い悩む。

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