第315話 妖刀と聖剣
「はぁああああっ!!」
「ガアアッ!!」
迫りくるリルに対して火竜は寝そべった状態でありながらも尻尾を奮い立たせると、上からリルを叩き潰そうと放つ。だが、横に振り払うのならばともかく、上から振り落とした事が災いしてリルは簡単に避けた。
それでも火竜の放った尻尾の攻撃は凄まじく、地面に衝突した瞬間に強烈な振動が伝わり、土煙が舞い上がる。仮に地面を走っていたのならば体勢を崩しただろうが、リルの場合は攻撃を回避するのと同時に跳躍を行い、一気に火竜へと迫る。
(何だ、身体が軽い……まるで生命力に満ち溢れているようだ!!)
不思議な事にリルは身体が非常に軽く感じられ、普段以上に動くことが出来た。彼女は自分の身体の変化に戸惑いながらも火竜へと接近し、その背中にムラマサの刃を放つ。
「牙斬!!」
「アギャッ!?」
「シャアッ!?」
背中を切りつけられた火竜は悲鳴を上げ、鋼鉄を上回る硬度を誇るはずの鱗を簡単にムラマサは切り裂き、鮮血が走った。その光景を見てクロとチイと対峙していた火竜の幼体は驚きの声を上げるが、一方でリルの方も動揺を隠せない。
妖刀ムラマサの伝説はリル自身も知っていたが、火竜の鱗を簡単に切り裂き、内部の肉にまで届く刃の切れ味に驚きを隠せない。しかも切れば切るほどに不思議と力が沸き上がっていく。
(これは素晴らしい……魔王が愛用した魔剣というのも頷ける!!)
リルは知らない事だが、妖刀ムラマサには「魔力吸収」という能力が付与され、この刀は敵を切った際に魔力を奪って所有者に送り込む力を持つ。魔力とはいってみれば生命力その物であるため、激しく怪我や体力を消耗したとしても相手を切りつけるだけで傷は塞がり、体力は回復していく。
激しく動くほどに体力を消耗するが、その度に相手を切る事で一瞬で体力の回復を行えば理論的には永久的に戦う事が出来る。しかも切りつけられた相手は怪我を負うだけではなく、魔力を奪われるので当然だが弱体化は免れない。
「シャアアアアッ!!」
「いかせるかっ!!」
「ガウッ!!」
親の危機を察して火竜の幼体は駆け出そうとするが、そんな幼体を相手にクロに乗り込んだチイは両手の短剣を構えると、腕を交差させた状態で切り払う。
「牙斬!!」
「ギャアッ!?」
リルが繰り出した斬撃と比べるとチイの短剣は攻撃範囲は狭いが、その分に速度は高く、火竜の目元を見事に切り裂いた。いくら子供とはいえ、火竜である事は間違いなく、頑丈な鱗で覆われた部分を攻撃しても効果は薄い。だからこそ確実に損傷を与えられる箇所を狙う。
火竜の幼体は視界を奪われて近くの岩に誤って激突してしまい、そのまま倒れ込む。その様子を見た火竜は目を見開き、子供の危機に見ていられずに首筋から血を流しながらも起き上がろうとした。
「ウガァアアッ!!」
「くっ……うわっ!?」
「リル様!?」
「ウォンッ!!」
火竜の背中に乗り込んでいたリルは急に起き上がった事で体勢を崩してしまい、そのまま背中を転げ落ちてしまう。その様子を見てチイは即座にクロを走らせて彼女を抱きとめようとするが、火竜は怒りのまま両翼を広げて弾き飛ばす。
「ガアッ!!」
「ぐあっ!?」
「きゃあっ!?」
「キャインッ!?」
広げた翼に衝突したリル達は弾かれ、地面に叩き落されてしまう。全員が辛うじて生きていたが、損傷は大きくあちこちの骨に罅が入った。それでも火竜は追撃を止めず、倒れたリル達に向けて口を開く。
先ほどの攻撃で首筋を切り裂かれた影響で火炎の吐息は放てないと思われたが、無理やりに炎の熱を利用して傷口を火傷で塞いだ火竜は地上を焼け野原にしようと口元に火炎を迸らせる。だが、そんな火竜の視界に人影が現れると、アスカロンを手にしたレイナが既に迫っていた。
「うおおおおっ!!」
「アガァッ……!?」
火炎を放つ前にアスカロンを構えたレイナが「瞬動術」を発動させて火竜の懐に飛び込むと、勢いに任せて火傷で塞いだ傷口にアスカロンを突き刺す。切れ味ならば妖刀ムラマサにも劣らず、刃が差し込まれた箇所から炎が噴き出す。
二度も火炎の吐息を阻害された火竜は白目を剥き、危うく意識が奪われそうになった。その隙を逃さずにレイナはアスカロンを手放してフラガラッハを構えると、火竜の首を足場にして跳躍し、頭部に剣を振り抜く。
「だああああっ!!」
「アアアアアッ!?」
――フラガラッハの刃は頭部に突き刺さり、脳内にまで達した瞬間、火竜は断末魔の悲鳴を上げながら倒れ込む。その際にレイナは火竜から振り落とされ、地面に倒れ込み、胸元を抑えた。
完全に傷口が塞がる前に動いたので激痛が走るが、顔を横に向けるとそこには完全に絶命した火竜の顔が存在し、口元から迸っていた炎は消えていた。それを見てレイナは勝利した事を確認するのと同時に身体に熱い物が流れ込むような感覚に襲われる。
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