第238話 消えゆく死体

「ふうっ……思ったよりも時間が掛かったでござるな」

「普通のゴブリンだったら仲間が半分もやられれば逃げ出してくれるんですけどね。流石に大迷宮のゴブリンとなると私達の事を完全に餌と思い込んで逃げもしませんね」

「きゅろっ……こいつら、食べてもいい?」

「駄目っ!!食べるならオークとかにしなさい!!」

「ぷるぷるっ(やれやれ)」



ゴブリンの死骸を見て涎を垂らすサンを叱りつけながらレアは身体の調子を確認し、今更ながらに久々に男の姿に戻って戦っていたので違和感はあった。女性時の姿で戦闘に慣れ過ぎたという点もある。



(思っていたよりも苦戦したな……やっぱり、女の身体の方で戦うのに慣れてたのが問題かな。これからはこっちの姿でも戦えるようにちゃんと経験を積んでおかないと……)



今後は勇者レアとして行動を取る場面も多くなると考えられ、女騎士レイナとして過ごしてばかりではいられない。そのためには男の身体でも戦闘に成れる必要があるのだが、やはり最初の内は違和感を感じずにはいられない。



(いてて、ちょっと腕を痛めたかな……やっぱり、女の身体の時の方が柔軟に動けそうだな。でも、腕力の方は男の姿の方があると思うけどな)



両腕で聖剣を振るっていたせいでレアは腕に痛みを覚え、今回は乱戦だったので手数を増やすために両手で聖剣を使用したが、普通の戦闘の時はアスカロンだけに頼る事にした。フラガラッハの場合は装備しているだけで攻撃力3倍増の恩恵を得られるので無理に武器として使う必要はないため、鞘に戻す。


全員が無事なのを確認すると一旦集結し、倒したゴブリンに視線を向ける。ゴブリンは素材としては価値は低く、回収できる代物といったら牙や爪程度しかない。しかも牙の場合は虫歯を持つ個体も多く、爪の方もそれほど頑丈ではないので折れている状態のゴブリンも多かった。



「素材の回収は……やめておきましょうか。いくら大迷宮の魔物とはいえ、ゴブリン程度では素材回収する時間も惜しいですしね」

「そうでござるな。折角倒したのに素材を放置するのは残念でござるが、今は先を進もうでござる」

「でも、転移台の位置を確認するだけならもう大丈夫じゃないの?目的は達成したし、引き返した方が……」

「いやいや、外へ抜け出すにも転移台を使う必要があるんですよ?」

「あ、そうか……忘れてた」



転移台が存在すると思われる建物の位置は把握したのでレア達の目的は達成されたが、大迷宮から抜け出すにしても転移台を使用しなければならないため、結局は建物を目指さなければならない。レア達は建物の位置を確認して移動を開始すると、不意にサンが声を上げる。



「きゅろっ!?レア、ゴブリンが消えていく!!」

「え?消えていくって……何だこれ!?」

「おおっ……なるほど、これが大迷宮の魔物の死骸が消える原因ですか」

「……地面に飲み込まれていく?」



辺り一面に倒れ居たゴブリン達の死骸が徐々に地面の中に吸い込まれていき、それはまるで地面の中に埋まっていくというより、水面に飲み込まれるようにゴブリンの身体が消えていく。その様子を見てリリスはゴブリンの死骸が大迷宮に「飲み込まれた」と表現した。




――大迷宮ではあらゆる生物の死体が時間の経過と共に消える現象が引き起こされ、それは魔物だろうが人間だろうが関係なく、生物の死骸だけが消え去ってしまう。原因は未だに解明されていないが、その光景を見た人間は死骸が大迷宮に飲み込まれているように見えるという。




折角倒したゴブリンの死骸は全て地面の中に消え去る光景にレア達は何も出来ず、しばらくすると再びゴブリン達が現れそうな嫌な予感を覚えたので早急にその場を立ち去る。大迷宮が改めて自分達の常識が通用しない場所だと再認識され、レアは改めて緊張感を保つようにした。



(この世界は俺の世界の常識なんて通用しないんだ……魔法も存在するし、魔物なんて生き物がいる世界なんだ。なら、この環境を受け入れよう……適応するんだ)



元の世界の常識にとらわれ過ぎず、この世界に馴染むためにレアは意識を切り替えて先へと進む。その途中、自分も大迷宮で死ねば先ほどのゴブリンのように死体が飲み込まれていくのかと考えると異様に怖くなったが、あまり深く考えずに先へ進む事だけに集中した。


大迷宮内に入って早々にゴブリンの大群に襲われたレア達だが、その後は建物に辿り着くまでに何度かゴブリンと遭遇したが、無事に撃退する。最初の時のように大群で現れる事もなく、せいぜい数匹のゴブリンが襲いかかって来た程度であり、特に問題もなく建物の前まで辿り着く。



「ふうっ……やっとたどり着きましたね。見える距離にあったのに辿り着くまでかなり時間が掛かりましたね」

「ゴブリンの襲撃がなければもっと早く着いたでござる」

「襲撃か……あ、そういえば魔除けの石を持ってきてたんだ!!」



レアは建物の前に辿り着くと、自分が魔物が嫌悪する魔力の波動を生み出す「魔除けの石」を持ち込んでいた事を思い出し、今更ながらに大迷宮の魔物にも通じるのかを試すために取りだそうとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る