第236話 第一階層〈草原〉
――巨塔の大迷宮には中に入るための扉は存在せず、その代わりに内部に一瞬で移動出来る転移結晶と呼ばれる巨大な水晶の台座が巨塔の大迷宮の東西南北に存在した。この水晶製の台座こそが巨塔の大迷宮にも存在する「転移台」と呼ばれる代物らしく、水晶で構成された台座には大きな魔法陣が刻まれていた。
「この魔法陣の上に移動した後、移動したい場所を大声で叫ぶだけで転移が発動します。最も行先は第一階層に限られていますけどね」
「一気に他の階層に移動する手段はないのかな?」
「あるにはありますよ。だけど、ここにある転移台の行先は第一階層に固定しているんです。他の階層にまで一気に移動する手段は後で説明しますね」
「まずは巨塔の大迷宮に入るのが先決でござるな」
「きゅろっ!!楽しみっ!!」
「ぷるぷるっ」
「レアもクロミンもサンもいるから心強い」
レアは頭にクロミンを乗せ、サンはネコミンが面倒を見て手を繋ぎ、ハンゾウはフラガラッハを遂に人前を気にせずに扱える事に興奮していた。全員の準備が整ったのを確認すると、リリスは魔法陣を発動させるために叫ぶ。
「転移、第一階層!!」
「うわっ……!?」
リリスが叫んだ瞬間、転移台全体が光り輝き、やがて魔法陣を光の柱が飲み込む。その結果、レア達は光の中に吸い込まれるように消え去った――
――感覚的には光に飲み込まれてから数秒後、やっと視力を取り戻すとレアの視界に驚くべき光景が広がっていた。最初に目に移ったのは広大な草原が広がり、大きな湖も見えた。何よりも驚いたのは雲一つない美しい青空が光り輝き、太陽の光に晒された事である。
転移は無事に終了したようだが、レアは目の前の風景を見てここが巨塔の大迷宮の内部なのかと驚きを隠せなかった。どうみても目の前の光景は外の世界にしか見えないのだが、ここが巨塔の大迷宮内である事は間違いないらしく、リリスがレアの肩を掴んで落ち着かせる。
「レアさん、これが大迷宮ですよ。私達の常識が通用しない場所です」
「大迷宮って……ここが本当に建物の中なの?」
「信じられないでござる……」
「おおっ……」
青空を見上げたレア達は動揺を隠せず、本当に自分達は大迷宮の内部へと移動したのかと戸惑う。周囲の光景も広大な草原が延々と広がっているようにしか見えず、どう見ても建物の中に存在するとは思えなかった。
だが、リリスの調べた事前の情報によるとここが大迷宮である事は間違いなく、彼女は空の太陽の位置を確認してレアに告げる。
「ほら、見て下さい。太陽の光が少し弱いでしょう?」
「あ、本当だ……」
「あれは太陽ではなくて光石と呼ばれる魔石で照らしてるんですよ」
リリス曰く、この場所に存在する太陽は本物ではないらしく、光石と呼ばれる特殊な聖属性の魔石が光を放っているだけに過ぎないという。確かに言われてみれば太陽の形も少々歪であり、円形というよりは随分とゴツゴツとした形をしていた。
太陽の形と光の違いからリリスはここが大迷宮内であると確信し、彼女は双眼鏡のような道具を取り出して周囲の確認を行う。
「あの太陽のように光り輝く鉱石がこの階層を照らしている事を考えれば……きっと中心の方に設置されているはずです。そして私達はその太陽の真下に存在するという事は、どうやら中央部の方へ転移したようですね」
「中央部の方へ転移……毎回、転移する場所は違うの?」
「ええ、といっても同じ魔法陣の上に乗っていれば移動先は皆一緒なので安心してください。それよりもまずは上に繋がる転移台が設置されている建物を探しましょう」
「確か古代遺跡のような建物の中にあるのでござるな?そういう事なら拙者に任せて欲しいでござる、物探しと視力に関しては自信があるでござるよ」
リリスは双眼鏡を使うのに対してハンゾウは目視で確認を行い、レアも「遠視」と「観察眼」の技能を久々に発動させて探索を行う。それからしばらくの間は建物らしき場所を探していたが、ハンゾウが真っ先に声を上げる。
「見つけたでござる!!ほら、あそこに建物が見えるでござろう?」
「どれどれ……あ、本当だ」
「小さくて分かりにくいけど……確かに建物っぽい」
「きゅろっ!!ハンゾウ、偉い!!」
「ぷるぷるっ(褒めて遣わす)」
「お、おう……なんだかクロミンが急に偉くなったように感じるでござる」
「流石は忍者ですね、あの建物で間違いなさそうです」
双眼鏡でリリスも確認すると、事前の情報通りの外見の建物である事を確認した。思っていたよりも早く転移台が設置されている建物の発見に成功し、とりあえずは移動を開始しようとした時、ネコミンが鼻を鳴らして警戒するように注意を行う。
「待って、臭いが近づいてくる……敵襲!!」
「早速来たでござるか!!」
「あれ、でも何処から……?」
ネコミンの嗅覚が接近してくる魔物の臭いを捉え、ハンゾウは嬉しそうにフラガラッハを構えるが、レアは周囲を見渡しても敵らしき姿は見えなかった。
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