第233話 食糧の大量生産
「きゅろっ……それならレアに作ってもらえばいい」
『…………』
何気ないサンの言葉に全員が「その手があったか」という表情を浮かべ、実際にこれまでにレアは何度か文字変換の能力で食糧を作り出した事がある。だが、今回の場合は300人分の食料であり、それだけの量の食糧を作り出せるのかという疑問があった。
「レア君……君の能力で大量の食糧を作り出せるか?」
「う~ん……やろうと思えば出来ますけど、どんな形で出てくるのかは分かりませんね」
「というと?」
今までレアは何度か文字変換の能力で様々な物を作り出したが、食糧という文字だと内容が曖昧過ぎてどのような形で食糧が誕生するのか分からない。だが、今までの傾向から考えてもレアが想像した通りの食糧が誕生するのは間違いない。
食糧の量に関してはレアが大量の食材を想像した上で、文字変換の能力を発揮させれば想像通りの量が出てくるのは期待できた。しかし、今回の場合は300人の騎士達の食糧の、しかも人間よりも食事量が多い獣人族の食糧となると用意するとしても相当な食材を取り寄せなければならない。そうなった場合、食材を何処に保管するのかが問題だった。
「俺の能力で食材を作り出しても、それを保管する容器までは流石に作り出せないと思います」
「つまり、食材を作り出す事が出来ても器がないから食材その物を出す事しか出来ないんですね」
「それに問題は他にもあります。唐突に大量の食材を用意したとしても、騎士達に何と説明すればいいか……レアの能力で作り出した事を伏せて誤魔化すのは難しいかと」
「ふむ……だが、街で食材を買い集めるにしても私達も資金に余裕は無い。先日、利用された一般人の借金の返済はもう少し待ってもらうべきだったか」
リルは王都へ向かう時、借金を理由にケマイヌに利用されていた騎士達を救うため、彼等の借金を肩代わりした。そのお陰でリルは民衆の間でも更に人気が高まったが、お陰で彼女は貯蓄を殆ど失ってしまう。
黒狼騎士団の予算は白狼騎士団の方に回ったとはいえ、金銭的な余裕は殆どなかった。その状態で街に大量の食糧を買い込む余裕もなく、ここまで来て困り果てたリルは駄目元でレイナに尋ねる。
「本当にどうしようも出来ないのかな?」
「う~ん……お金だったら俺の文字変換の能力でいくらでも作り出せますけど」
「それは辞めた方が良いですよ。大量のお金をレアさんの能力で作り出す事は、元々存在しないお金が市場に出回るという事です。金貨が1枚や2枚ならともかく、何百枚も出回ったら市場が大変な事になりかねません」
「やっぱり、そうだよね……」
生きるためにレアは文字変換の能力で金貨を作り出す事もあったが、リリスに止められてしまう。もしも不用意にレアが大量の金貨を作り出せばケモノ王国の経済に影響を与えてしまいかねない。
しかし、食材も用意出来ない、お金も作り出せないとなると八方塞がりであり、どうしようも出来ないかと考えた時、サンが鞄を取り出す。
「レア、この鞄に食材入らない?」
『…………』
再びサンの言葉に全員が黙り込み、彼女の提案に驚愕を隠せない。サンが持ち出した鞄はレアが出発前に用意した収納制限が「無限」と化した鞄であり、この鞄の出入口に入る大きさの食材ならば簡単に取り出す事が出来るし、いくらでも中に保管できた。
「そ、その手がありましたか……確かにこの鞄なら食材をいくらでも保管できますし、それに他の人間にもストレージバックだといって誤魔化す事が出来ます!!」
「ストレージバック?あ、それって前にリルさんが言っていた……」
「ああ、勇者が残した魔道具の一種で、ありとあらゆる物体を収納できる鞄だ。世界中の人間が求める正に魔法の鞄だ」
ストレージバックは勇者が作り出した魔道具だが、生産されたのは数十個だけで今では殆どのストレージバックは何処に存在するのかも分からない状況だった。物が物だけに誰もが追い求めるため、所有者が居たとしてもその存在を隠し、仮に存在を明かしてしまえば他の人間に狙われる可能性もある。
だが、ストレージバックを入して食材を事前に保管していたという体ならば怪しまれる事は無く、早速だがレアは行動を開始した。二文字の道具を取り出して「食糧」と打ち込み、想像できる範囲の食材の山を考えた後に文字変換の能力が完全に発動される前に鞄の中に放り込む。
(頼む!!)
レアは手元の道具が光り輝いた瞬間、即座に変化を起こす前に鞄の中に放り込む。その結果、鞄に収納された道具は大量の食糧へと変化しているはずであり、試しにレアは鞄の中に手を伸ばすと、内部から大きな干し肉を取り出す事に成功した。
「おおっ……本当に上手くいきました」
「でかしたぞレア君!!君は本当に頼りになる勇者だ!!」
「うぷぅっ!?」
「おおっ、あの女好きの団長が男性のレアさんを抱き締めるなんて……」
「物凄く珍しい光景でござるな!!」
「むうっ……」
「くっ……羨ましい」
「がぶがぶっ……」
嬉しさのあまりにリルはレアが男性に戻っている事を忘れて抱き着き、その胸に彼の顔を埋めた。その様子を見てリリスとハンゾウは驚き、チイとネコミンは若干嫉妬したような表情を浮かべ、サンはレアが取りだした干し肉に齧りついていた――
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