第224話 素材

「どうやら黒狼騎士団として行動していた時は余程ぞんざいな扱いを受けていたのか、多少は厳しい訓練を与えても不満を漏らしません。そもそも彼等全員が元々は名を馳せた武芸者ばかりなので、むしろ訓練が厳しい程にやる気を見せています」

「黒狼騎士団に所属していた時は殆ど訓練もしてなかったから、身体が訛っていたという人も多い。だから訓練が厳しい今の方が嬉しいという人もいるみたい」

「やれやれ、訓練が厳しい方が嬉しいなんて私には理解しがたい境地ですね。でも、今の所は団長に不満を持つ者は少ないのは幸いですね」

「それでもやはり使える主が変わった事に不満を抱く者もいるようだな。特にガオ王子に優遇されていた者達は特にな……」



黒狼騎士団から白狼騎士団に移籍した騎士全員が今の扱いに納得しているわけではなく、一部の騎士達はリルに対して不満を持つ者も少なからず存在した。その中の一人がオウソウでもあり、彼を筆頭にリルや他の者に対して不満を抱く者もいる。



「ガオ王子に気に入られて好待遇を受けていた騎士達は今の状況に納得いかず、周りの者に不満を告げる輩もいますね。特にオウソウが酷いですね、ガオ王子に一番に気に入られていたせいで自分が偉いと思いこんでいる節があります」

「リル様、はっきり言ってあの男は騎士団の害にしかなりません。ここは解雇するべきでは?」

「いや、オウソウを解雇するとしてもちゃんとした理由がなければだめだ。明確な理由もなく、私に対して不満を漏らしたという理由だけで解雇すれば他の者に不安を与えてしまう。王女は自分に不満を告げただけで簡単に解雇すると言いふらされても面倒だからな」

「じゃあ、やっぱり放置するしかないんですか?」



リルの言葉にレイナはうんざりとした表情を浮かべると、そんな彼女にリルは苦笑いを浮かべる。



「今の所は、ね。何かオウソウが取り返しのつかない問題を起こせば解雇できるんだが、不満を口にしているだけなら解雇するには追い込めないよ」

「でも、せめて軽い処罰を与える程度はいいんじゃないですか?」

「それは考えておこう。オウソウの動向は他の騎士達に見張らせておくから、しばらくの間は我慢してくれ。さて、話を本題に戻そう。まずは大迷宮の攻略に際しての班分けだが……」



この日は大迷宮の攻略のための会議が行われたが、巨塔の大迷宮に関してはリル達も挑んだ事はなく、事前に明かされている大迷宮の情報の再確認を行う程度しか出来なかった。




――巨塔の大迷宮は5つの階層に別れ、ヒトノ帝国の大迷宮とは異なり、上の階層に進む形式らしい。上層へ移動する度に魔物の危険度は高まり、反面に手に入る素材も良質な物が多くなる。




巨塔の大迷宮の第一階層は草原のような空間が広がり、ここには危険度が低い魔獣種しか生息していない。迷宮というよりはのどかな草原が広がっているだけらしいが、草原には一角兎と呼ばれる額に角が生えた兎型の魔獣や、ファング等の狼型の魔獣しか存在しない。


第二階層は荒野が広がっており、そこにはオークやゴブリンなどが出現する。第一階層よりは危険度は高いが、それでも一流の冒険者ならば油断しなければ簡単に切り抜けられる。


しかし、次の第三階層からは難易度が一気に跳ね上がり、この階層は砂漠地帯と化していた。屋内にも関わらずに本物の砂漠に迷い込んだかのような熱気が襲いかかり、しかも砂漠にはヒトノ帝国の大迷宮でも存在した「ゴーレム」が生息していた。この第三階層を抜けるには劣悪な環境とゴーレムの脅威から逃れるしかなく、更に最悪な事に次の第四階層はここよりも過酷な環境が用意されていた。


第四階層は第三階層と打って変わって緑に覆われた「密林地帯」であり、この密林には多数の魔物が生息していた。更に厄介なのは密林の中央には火山が存在し、ここには「火竜」と呼ばれる竜種が生息している。この火竜は牙竜よりも上位に位置する危険種に指定されており、その強さは牙竜を上回ると言われていた。実際に火竜が牙竜と戦った事もあり、1匹の火竜が牙竜の縄張りに入り込み、その縄張りを支配していた牙竜を全滅させたという記録もある。


ここまで最悪な環境が取り揃えられた巨塔の大迷宮だが、さらに伝承によると第四階層の上には「第五階層」が存在するという。そこに辿り着いた者は後にも先にもたった一人であり、その彼が残した言葉は「巨万の富」が眠っていたという。実際にその人間が持ち帰った財宝はケモノ王国の国宝として取り扱われており、リルは巨塔の大迷宮の最上階層に登ればこの国を救うだけの財宝が眠っていると信じていた。


最も仮に第五階層が存在せず、巨万の富を得られなかったとしても大迷宮内には地上では手に入りにくい希少な素材が豊富に存在する。もしも第五階層に辿り着けなかったとしても、それ相応の素材を回収すれば彼女の面目は潰れる事はなく、勇者と協力して大迷宮の第四階層まで踏破したと知らしめれば何も問題はなかった。

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