第138話 ホブゴブリンとファング

「すんすんっ……ここ、臭いが残っている。私達が追跡したホブゴブリンとファングの臭いもする」

「何!?という事はここを通ったのか?」

「待って……臭いは一つじゃない、他にも似たような臭いを感じる。多分、同じホブゴブリンの臭いだと思う」

「他にも……という事は単体ではないという事か」



馬車を襲撃したホブゴブリンとファングの臭いは一つずつであるが、ネコミンによるとこの場に残っている臭いは複数のホブゴブリンの臭いが残っているという。それを聞いたリル達は更に警戒心を強める一方、ある疑問を抱く。



「だが、どうして魔除けの石が埋め込まれているのにホブゴブリンとファングの臭いがここに残ってる?奴等には魔除けの石の波動が効かないというのか?」

「ネコミン、臭いは確かにここからなのか?」

「間違いない、さっきまでここに居たのは確か」

「魔除けの石の効果が薄く、ホブゴブリン達には効きにくかったのか?いや、それ以前にこんな場所でこれだけの数の魔除けの石が置かれている事がおかしい。まさか奴等、他の魔物を近づけさせないように敢えてこの場所に魔除けの石を持ち込んでいるのか?」

「魔物が……魔物を寄せ付けないために魔除けの石を利用しているという事ですか?」



リルの言葉にレイナ達は驚き、だが状況的に考えれば彼女の予想は正しいように思えた。レイナ達が追跡したホブゴブリン以外にも仲間が存在する事が判明した以上、もう少し調査を続ける必要があった。


ネコミンが臭いを発見した事が幸いし、彼女の案内の元でレイナ達は先にへと進む。チイとレナは地図製作の技能を発動させて現在位置を把握し、道に迷う事はない。また、途中で魔除けの石の波動をシロとクロは感じ取り、どうやら定期的に魔物が近づけない空間を作り出してる様子だった。




――ネコミンの案内の元、移動を開始してから十数分が経過すると時刻は夕方を完全に迎え、徐々に暗闇に覆われていく。これ以上の進行は危険だと思われ、リルは心苦しいが引き返そうかとした時、ネコミンが足を止める。




「どうしたのネコミン?」

「しっ……奥の方で光が見える」

「光?」



レイナ達は木々に隠れながら奥の様子を伺うと、そこには確かに松明のような光が存在し、ここでレイナは「遠視」と「暗視」の技能を発動させる。その結果、松明を所持する存在の正体を見抜く。



(……あれが、ホブゴブリン?)



視界に映し出されたのは成人男性と同程度の身長と体格を誇る大きなゴブリンであり、通常種のゴブリンは裸同然の恰好をしているのに対してこちらの大柄なゴブリンは人間から奪ったと思われる衣服を身に着けていた。


以前にレナはゴブリンの住処と化していた廃墟街で遭遇したホブゴブリンを見た事があるが、こちらのホブゴブリンの方が身なりを清く正しく整えていた。また、心なしか顔立ちの方も人間に近く、松明の火を抱えて周囲の様子を警戒するように伺っていた。



(何をしてるんだあいつ……あ、狼もいる!!)



ホブゴブリンの傍にはドーベルマンを想像させる大型犬が存在し、こちらがリル達の言っていたファングと呼ばれる魔物だと思われた。ファングの大きさはシロとクロと比べると小柄ではあるが小さな馬程の大きさを誇り、獰猛な表情と鋭い牙を所有していた。ホブゴブリンはそんなファングを従えて周囲の様子を観察し、訝し気な表情を浮かべる。



「いったい何をしてるんだ奴は……」

「リル様、あいつの身に着けている装備……妙に綺麗だと思いませんか?」

「確かに……」



ホブゴブリンやゴブリンは人間の衣服を奪い、それを装着する事は決して珍しくはない。しかし、彼らは人間と違って衣服の汚れなど気にせず、一度着た服をずっと身に着け続ける事が多い。それにも関わらずにホブゴブリンの衣服は汚れが目立っておらず、最近奪ったばかりの衣服を身に着けているのかもしれない。


レイナ達はホブゴブリンに気付かれないように目配せを行いながら場所を移動し、どのように対処するのかを考える。この位置からだと不用意に近付けば気付かれる恐れがあり、かといってこのまま引き下がる訳にもいかなかった。



「ネコミン、奴が馬車を襲った奴だと思うか?」

「多分、間違いない……臭いは一緒」

「そうか、なら始末するしかないな。だが、何故か警戒されているようだ。私達の存在に気付いたのか?」

「それは考えにくいと思う。ここは風下、私達の臭いが届くはずがないからあのファングに気付かれたとは思えない」

「ぷるんっ?(そうなの?)」



レイナ達が見た限りではホブゴブリンが警戒態勢に入っているのは間違いないが、ネコミンによれば自分達の存在に気付いたとは考えにくく、別の理由であの場所に立ち止まったのではないかと推察する。


だが、どんな理由があるにせよホブゴブリンとファングが馬車を襲って荷物を奪い、兵士を殺したという事実は覆せない。レイナは色々と考えた末、自分が動くことを決めた。

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