第122話 聖水

「……という事だ、吸血鬼の件を解決しない限りはこの街から簡単に出られそうにないな」

「リル様に対してそのような無礼な口を……おのれ、許せん!!」

「落ち着いて、リルが正体を晒してないんだから仕方ない」

「ネコミンの言う通りだ。彼等に罪はない、生き残るのに必死なんだ」



街の防衛を行う警備兵のリルに対する態度にチイは激怒するが、彼女は正体を明かしてはおらず、あくまでも一介の冒険者としか名乗っていない。王女であるなどと迂闊に話せば騒ぎになる事は間違いなく、迂闊に正体は軽々しく話せない。


但し、いつまでもこの街に留まるわけにはいかず、アンデッドの一件を何とかしない限りは街の住民も貴重な戦力であるリル達を外に出す様子はない。現にリル達を監視するように兵士が距離を置いて監視を行っており、まるで囚人になったような気分を味わったレイナはため息を吐き出す。


ちなみにレイナが女性のままなのは吸血鬼の「魅了」の件もあり、もしもアンデッドを作り出している吸血鬼が女性だった場合を想定し、もうしばらくはこの姿のままで居る事にした。吸血鬼が男性の可能性があるが、女性の姿の方が色々と都合がいい部分があった。



「ふむ、こうも見られているのは確かに気分が良くないな。レイナ君、また頼んでいいか?」

「またですか……あれ、凄く気持ち悪いんですけど」

「そういわずに頼むよ。後でチイの尻尾を触っていいから」

「仕方ないですね……」

「ちょっと、どうして私の尻尾なんですか!?」



リルの巧妙な話術に諭されて仕方なくレイナは兵士達の元に歩み寄ると、彼らは自分達が見ていた事に気付かれたのか慌てて顔を逸らす。そんな彼等に対してレイナは意識を集中させ、新しく覚えた「魅了」の能力を発動させた。


魅了を発動させた途端、レイナの姿を見た兵士達は突如として恍惚な表情を浮かべ、彼女の姿を見るだけで心臓の鼓動が早まり、何ともいえない感覚へと陥る。そんな彼等に対してレイナは微笑み、頬に手を伸ばすと命令を下す。



「すいません、しばらくの間は離れていてくれませんか?」

「は、はひっ……」

「分かりました……」



兵士達はレイナの言葉に逆らえず、身体をふらつかせながらもその場を離れるのを確認すると、レイナはため息を吐き出してリル達の元へ戻る。


吸血鬼を倒したときに覚えた能力なのだが、この能力の効果は「異性」にしか効かず、同性には効果がない。だからこそレイナは男性の兵士が多いこの場所では女性の姿でいる理由の一つでもある。



「ふふふ、流石だな。大分、悪女のふりも様になって来たね」

「妙な色気を感じたぞ……」

「自然な流れで頬を触れたのは流石だと思う」

「やかましいっ……チイと一緒に尻尾をもふるぞ」

「あうっ……そ、そこは駄目」

「こ、こら……少しだけだぞ……あ、やんっ」



約束通りにチイの尻尾を触りながらもレイナは城壁の外の様子を調べ、既に時刻は夕方を迎え、アンデッドが目覚める時刻が訪れようとしていた。


アンデッドに対抗するには聖属性の魔力を宿す武器、あるいは聖属性の魔法しか効果がない。なので今回はリル達も準備を整えていた。



「皆、聖水は用意しろ。アンデッドが現れ次第、武器に塗り込むんだ」

「この白く光る水が聖水なんですか?」

「ああ、本来は回復薬の一種だが、回復効果は薄い。但し、聖属性の魔力を宿しているから死霊系の魔物には効果が高い」



街に赴いてリル達は「陽光教会」と呼ばれる場所から聖水と呼ばれる薬を受け取っていた。リル曰く、回復薬のように傷を癒す薬だが、殆どの人間は死霊系の魔物との対戦の時に利用する液体らしい。ちなみに陽光教会とはこの世界で信仰されている「太陽の神」を祀る教会であり、この世界でたった一つしか存在しない宗教団体という。


街に存在する陽光教会は聖水を兵士達に配る事で彼等もアンデッドに対抗する手段を身に着け、どうにか今日までは持ちこたえてきたという。だが、警備兵の数は少なく、戦闘に参加している住民の多くはこれまでに魔物と戦ったこともないため、戦力が高いとは言い切れない。頼りになるのは冒険者だけだが、その冒険者達も連日の襲撃で被害を受けている。



「聖水は武器に振りかければしばらくの間は聖属性の魔力を宿す。だが、聖剣ほど絶大な効果はない。せいぜい、着られた箇所が再生を果たさなくなる程度の効果しか生み出さない事を気を付けろ」

「つまり、完全に倒す事は出来ないんですね?」

「ああ、アンデッドの戦闘で頼りになるのはレイナ君だ。私達では聖剣が扱えない以上、君だけが頼りになる」

「責任重大ですね……」

「そうだ!!レイナ、お前の能力でこの聖水も強化する事は出来ないのか?そうすればもっと役に立つ可能性も……」

「あ、なるほど。それは確かに試す価値があるかも……」

「流石はチイ、機転が回る」



チイの言葉にレイナも賛同し、彼女から聖水を受け取って「解析」を発動させる。そして視界に表示された詳細画面を見て思い悩む。

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