第101話 香水
「あの……何してるんですか?」
「ふがっ……なんじゃ、お客さんか?」
「客?こんな所で商売してるの?」
ドワーフと思われる老人にレアが話しかけると、座ったまま眠っていたのか老人は寝ぼけた様子でレア達に気付く。そして二人の顔を見ると朗らかな笑みを浮かべた。
「ほほう、これは別嬪さんじゃな……いや、そっちの方は男か?何じゃ、つまらんのう……」
「ええっ……」
「……?」
レアが男だと知ると老人は落胆した様に溜息を吐き出し、そんな老人の態度にレアは呆れてしまうが、ネコミンは何か違和感を感じ取ったように目つきを鋭くさせる。しかし、レアはネコミンの変化に気付かずに老人が絨毯に並べている品物に興味を抱く。
老人が販売しているのはどうやら「香水」と思われる硝子製の容器を並べており、様々な種類が存在した。中には形状が凝った小瓶も存在し、どうして老人がこんな場所で商売を行っているのか気になったレアは尋ねてみた。
「お爺さんはここで商売してるんですか?」
「そうじゃ、もうかれこれ30年は経つかのう。儂はいつもここで商売してるんじゃよ」
「なんでこんな人気のない場所でわざわざ……」
「人気がない場所だからこそ、他の商売人に邪魔される事は無い。それに逆に人気のない場所で商売を行う方が客の方が気になって訪れる事が多いんじゃ」
「なるほど……?」
敢えて目立たない場所で商売を行う事で逆に注意を引き、客を引き寄せられるという話にレアは不思議と納得してしまい、老人が販売している香水の瓶を確認する。
この世界の香水の値段の相場など知らないレアは高いのか安いのか分からないが、一番安い物ならば銅貨でも購入出来た。
「どうじゃ?お主も買っていくか、そこの彼女さんに香水でもプレゼントしたらどうじゃ?」
「彼女というわけじゃないんですけど……ネコミンはいる?」
「香水は時々、リルが付けている。匂いが良いのなら平気だけど、あまり香りが強すぎるのは嫌い」
人一倍、というよりは獣人一倍嗅覚が優れているネコミンは香水は苦手としているらしく、彼女は購入を遠慮する。
一方でレアの方は折角なのでこの世界の香水がどのような物なのか興味を抱き、試しに香りを嗅がせてもらえないのか頼む。
「あの、どんな匂いか嗅いで良いですか?」
「おお、少しだけなら構わんぞ。では、これがいいか?」
「ありがとうございます」
老人はレアに対して値段が銀貨1枚の香水の瓶を差しだすと、蓋を開いてレアの顔に近付けた。匂いを嗅ぐためにレアは鼻を近づけさせようとした瞬間、ネコミンが目を見開いてレアの顔に手を伸ばす。
「駄目っ!!」
「むぐっ!?」
「ぬおっ!?」
唐突にネコミンに口と鼻を塞がれたレアは驚くが、老人の方もネコミンの行動に呆気に取られ、香水の中身をこぼしてしまう。いったい何事かとレアはネコミンに顔を向けると、彼女は鼻を摘まんで老人を睨みつけた。
「……この香りは睡眠華、眠り薬」
「ちっ……おい、出てこいっ!!」
「っ……!?」
香水の正体が眠り薬だと気付いたネコミンはレアを立ち上がらせると急いで路地裏から抜け出そうとしたが、老人は表情を一変させると大声を上げる。
すると路地裏の出口と反対方向から男達が現れ、レア達を路地裏に封じ込める。どうやら老人の部下らしく、彼等は笑みを浮かべて短剣を取り出す。
「へへっ……ここから先は通行止めだぜ」
「中々の上玉だ。どっちも高く売れそうだ」
「女の子は売り飛ばす前に色々と楽しませてもらうか……」
「……下衆」
「くっ……犯罪者だったのか」
どうやら眠り薬でレアとネコミンを眠らせた後、人攫いを行うつもりだったのか老人は笑みを浮かべ、絨毯の下に隠していた手斧を取り出す。男達の方も短剣を構え、武器を所持していないレア達を見て勝てると判断したのか刃を構える。
「抵抗するなよ、大人しくすれば手荒な真似はしない……商品が傷物になったらこっちが困るからな」
「ふざけるなっ!!」
「大声を上げても無駄だ、この状況でお前達を助けようとする奴等はいないんだよ」
時間帯も遅く、街道には人気がなくなり、しかも十数名の犯罪者に取り囲まれた状況でレアとネコミンは背中を合わせて考え込む。レアは武器の類は持ち込んではおらず、鞄の方も置いてきてしまった。少し外を歩くだけのつもりで荷物を部屋の中に放置してきたのが災いし、どうするべきか必死に頭を回転させてこの状況を切り出す手段を考えた。
ネコミンの方は護身用として短剣を服の内側に隠してはいるが、彼女は剣士ではないため、チイやリルのように戦えない。彼女の称号は「治癒魔導士」であり、他人の傷を癒す「回復魔法」やアンデッドなどの死霊系の魔物を浄化する「浄化魔法」しか扱えない。
レアを取り囲んだ男達は余裕のつもりなのか一斉に襲いかかってくる様子はなく、手斧を構えたドワーフの老人は品定めするようにレアとネコミンに視線を向ける。
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