第91話 ミノタウロス
「……大分暗くなってきたな。そろそろ灯りが必要かもしれない。魔物に見つかる可能性が高くなるが、出来れば今夜中には抜け出しておきたい」
「そうですね、では松明を……」
「すんすん……待って、人の臭いがする」
「えっ!?」
「「グルルルッ……」」
ネコミンが鼻を鳴らすと彼女は警戒するように獣耳を立たせ、シロとクロも臭いを感じ取ったのか唸り声を上げる。
こんな森の中で人の臭いがするとしたら相手は帝国兵である可能性が非常に高く、森の中を巡回する兵士が近くにいるのかと思われた時、ネコミンは目を見開く。
「それに血の臭いもする……だんだんと酷くなっていく」
「何だって!?」
「……血の臭い?それは人間の血か?」
「分からない、けど臭いがこっちに近付いてくる」
血の臭いに吐き気を覚えたネコミンは口元に手をやるが、こちらへ向けて臭いが強まっていることを知らせ、このまま残っていると鉢合わせする事を告げる。
この状況で帝国兵に見つかるわけにはいかず、すぐにレイナ達はシロとクロに乗り込むと移動の準備を行う。
「すぐにここを立ち去ろう。チイ、道はこっちで合っているか?」
「はい……いえ、待ってくださいこれは!?」
「どうしたの?」
「私の地図製作に反応が……来ます!!」
チイは後方を振り返るとクロに乗り込んだまま武器を構え、リルも剣を引き抜く。レイナも慌ててアスカロンとフラガラッハを構えようとした時、後方の方角から狼の鳴き声が響く。
――ガアアアアッ!!
出現したのは無数の灰色の狼であり、シロやクロと比べると小柄ではあるが数が尋常ではなく、数十匹の狼の群れが唐突にレイナ達の前に現れる。慌ててレイナは戦闘体勢に入ろうとしたが、それをリルが制止する。
「待て、レイナ君!!様子がおかしい……こいつら、私達を避けて逃げているぞ?」
「えっ……!?」
リルの言葉通りに現れた狼達はレイナ達には目もくれずに駆け抜け、そのまま姿を消してしまう。過ぎ去ってしまった狼達の行動にレイナ達は呆気に取られ、どうして自分達に襲いかからなかったのか分からなかった。
「あれ?逃げた……なんで?」
「今のはファングだ……コボルトと同様に必ず群れで行動を行い、自分達よりも強い魔物だろうと数の暴力で襲いかかる魔物のはずだが」
「何かに怯えて逃げていたように見えた」
「何かって……」
「いや、それよりも急いでここを離れましょう!!」
ファングと呼ばれる魔物の群れの行動が気になる所ではあるが、嫌な予感を覚えたチイは急いでこの場を離れるように促し、それに全員が賛同する。
しかし、移動を開始しようとした時にネコミンが鼻を鳴らすと、ファングが現れた方角に視線を向けて警戒の声を上げる。
「……来たっ!?」
「っ……!?」
ネコミンの言葉に全員が彼女の視線の先に顔を向けると、激しい足音が鳴り響き、暗闇に紛れながら大きな人影が出現したかと思うと跳躍を行う。そしてレイナ達の前に人影は降り立つと、お互いの姿を確認する。
――木々を抜けて姿を現したのは体長が3メートルを超える巨大な人型の生物であり、人のような手足をしているが顔面の形は人ではなく「牛」の形をした生物だった。また、背中には大きな戦斧を身に着けており、その両肩には数人の帝国兵の死体を抱えて居た。
唐突に現れた謎の生物にレイナは呆気に取られ、その一方でリル達の方は冷や汗を流す。シロとクロでさえも委縮しており、身動きすら取れない。一方で砦を襲撃して帝国兵の死体を回収した「ミノタウロス」は自分の前に存在する人間達を見て疑問を抱く。
このミノタウロスこそが森の異変の原因であり、半年ほど前に帝国の奴隷商人に飼育されていたミノタウロスが移送中に脱走し、この森に住み着いた。そして森の中腹部に住処を作り出すと力尽くで他の魔物を従え、定期的に帝国兵の砦を襲う。
ミノタウロスは砦を襲った帰り道に目の前に現れた謎の人間を見て不思議に思い、特にリル達のような獣人を見るのは初めてだった。どうして人間の癖に獣のような耳を生やしているのかと疑問を抱く一方、この中で唯一の人間であるレイナを見て目つきを鋭くさせる。
人間に深い恨みを抱いているミノタウロスはレイナを見て不快感を覚え、両肩に乗せていた帝国兵を放り捨てる。そして硬直して動けないレイナ達の元へ近づき、背中の戦斧を引き抜く。
「ブモォオオオッ!!」
『っ……!?』
咆哮を放つだけで木々が震え、硬直していたレイナ達も身の危険を感じ取り、戦闘体勢に入ろうとした。だが、ミノタウロスはレイナ達が行動を移す前に攻撃に移り、手始めに人間であるレイナに向けて戦斧を振り払う。
「ブモォオッ!!」
「うわぁあああっ!?」
「にゃうっ!?」
「キャインッ!?」
横薙ぎに振り払われた戦斧に対してレイナは咄嗟に両手の剣で防ごうとしたが、それだけでは勢いは殺しきれず、そのままネコミンとシロを巻き込んで吹き飛ばされてしまう。その光景を見たリルとチイは一瞬驚くが、すぐに怒りの表情を抱く。
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