第92話 ミノタウロス その2

「クロ!!」

「ウォンッ!!」



クロに乗り込んだチイはミノタウロスへ向けて突進するように命令を行い、短剣を構える。それを見たミノタウロスは振り払った戦斧を返す勢いでチイ達を狙うが、寸前でチイは空中に跳躍し、クロは体勢を低くして上下から同時に攻撃を行う。



「牙斬!!」

「ガアアッ!!」

「ブモォッ……!?」



チイは上空から短剣を獣の牙のように振り落とし、クロもミノタウロスの隙を作り出すために足首の部分に牙を食い込ませる。


だが、上空からの攻撃に対してミノタウロスは左腕を伸ばしてチイの身体を掴む。そのまま強制的に彼女の戦技を中断させて足首に噛みついたクロの背中に叩き込む。



「ブモォオオオッ!!」

「ぐあっ!?」

「キャインッ!?」

「チイ、クロ!?」



強烈な一撃を受けたチイとクロは半ば意識が飛んだのか動かず、その様子を見てミノタウロスは片足を上げるとそのまま踏みつぶそうとした。それを見たリルは氷結化した長剣を構えて突っ込み、ミノタウロスに切りかかる。



「兜割りっ!!」

「フンッ!!」



正面から剣を振り下ろしてきたリルに対してミノタウロスは咄嗟に戦斧で受け止めるが、予想以上の衝撃が響き、まるで斧で兜を叩き割るかのような思い一撃にミノタウロスの所持していた戦斧の刃に亀裂が入る。


しかもリルの氷装剣は触れた箇所を凍結化させる効果を持ち合わせ、急速に冷やされた戦斧をミノタウロスは危うく手放す。



「ブモォッ……!?」

「まだまだっ!!」



武器を手放さなければ危うく腕ごと凍り付く所だったミノタウロスは慌てて距離を取ろうとするが、それを見越してリルは剣を突き刺す。そしてミノタウロスの喉元を狙うが、反射的にミノタウロスは身体をのけ反って刃を回避する。


巨体に見合わず素早い身のこなしで回避したミノタウロスにリルは目を見開くが、ミノタウロスは身体をのけ反らせた状態で右足をリルに叩き込む。



「フゴォッ!!」

「ぐっ!?」



迫りくる右足に対してリルは後方へ飛んで回避に成功するが、ミノタウロスは左足だけで身体をのけ反らせながら倒れる事もなく、何事もなかったように元の体勢へ戻る。人間離れした脚力と体幹を誇り、もしも今の攻撃が直撃していたらリルも無事では済まなかっただろう。




――このミノタウロスは元々は奴隷として人間に飼育されていた個体であり、客の見世物として戦わされる事もあった。


しかも相手は同じ奴隷の人間とは限らず、様々な魔物と戦わされていた。そのせいでミノタウロスは驚異的な身体能力と同時に「戦闘技術」も覚え、今の一連の動作も長年の戦闘経験で得た技術である。




野生に生息するミノタウロスは戦闘技術など身に着けておらず、今のリルの攻撃で倒されていただろう。しかし、現在彼女が相手をしているのは人間に鍛えられたミノタウロスであり、そう簡単には倒せない。リルは冷や汗を流しながらも周囲の状況を確認する。


チイとクロは意識は残っているようだがミノタウロスの強烈な一撃を受けて動けず、一方で吹き飛ばされたシロとネコミンの方は気絶しているのか起き上がる様子がない。だが、ここでリルはレイナの姿が見えない事に気付き、いったい何処へ消えたのかと思ったが、唐突にミノタウロスの背後から掛け声が上がった。



「だああっ!!」

「ブモォオオオッ!?」

「えっ……!?」



ミノタウロスの背中から血飛沫が舞い上がり、リルは驚愕の表情を浮かべると、何時の間にかレイナがミノタウロスの背後に立ち、アスカロンでミノタウロスの背中から刃を突き刺していた。


しかもそれだけではなく、確実に止めを刺すために左手に構えたマグナムの最後の1発をミノタウロスの後頭部向けて発砲する。



「くたばれっ!!」

「ッ……!?」

「あっ……」



森の中で発砲音が響き渡り、至近距離から後頭部を打ち抜かれたミノタウロスは断末魔の悲鳴を上げる暇もなく倒れ込む。


その様子を見てリルは唖然とするが、レイナはアスカロンを引き抜くと身体を震わせながらもリルに振り返った。



「はあっ……はっ……だ、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……よくやった、レイナ君」



レイナが不意打ちでミノタウロスを倒した事にリルも呆気に取られるが、ここでリルはある事を思い出す。それはレイナは「隠密」と「気配遮断」と「無音歩行」の技能を所持している事を思い出し、どちらの技能も存在感を限りなく消す特殊な能力である。


レイナが覚えている技能は本来は「暗殺者」が覚えやすい技能であり、この技能を利用してレイナはミノタウロスの背後を取って奇襲を仕掛ける事に成功した。リルに意識を向けていたミノタウロスはレイナの存在に気付く事もなく攻撃を受けてしまい、呆気なく殺されてしまう。


しかし、冷静に考えれば反応できないのは仕方がない事であり、レイナが覚えている「隠密」「気配遮断」「無音歩行」の3つを同時に発動させればまるで透明人間のように存在感を感じ取る事は出来ない。かつて街の中でリル達がレイナの存在を捕らえる事が出来たのは獣人族の鋭い嗅覚で気付いただけに過ぎず、ミノタウロスは接近に気付かなった。


勿論、ミノタウロスも人間離れした嗅覚を持っている。だが、ミノタウロスは死体を運んでいた際に大量の血を浴びていた事で身体にこびり付いた死臭や血の臭いでレイナの存在を気付けなかった。それがミノタウロスの敗因と言える。

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