第89話 赤毛熊

――ガァアアアアアッ!!



森の中にこれまで最も力強く恐ろしい咆哮が響き渡り、レイナ達の前に樹木を薙ぎ払ないながら現れたのは巨大な「赤毛の熊」だった。


全身が血の様に赤色の体毛に覆われ、体長は軽く3メートルを超えていた。巨大な熊の登場にレイナは唖然とするが、他の者達は即座に対応を行う。



「赤毛熊だ!!こいつまでこんな場所に現れるようになったのか……全員、戦闘体勢!!」

「クロ、行くぞ!!お前の速さで翻弄するんだ!!」

「ウォンッ!!」



リルはクロから降り立つと、即座にチイがクロに命令を与えて「赤毛熊」の元へ駆け出す。正面から挑む彼女にレイナは驚いたが、赤毛熊は自分に迫るクロに乗ったチイに腕を振り払う。



「ウガァッ!!」

「甘いっ!!」

「おおっ!?」



振り払われた腕に対してチイはクロの背中から跳躍すると空中で回避を行い、その隙にクロは駆け抜けて赤毛熊の脇腹に目掛けて自分の牙で切り裂く。単純に噛みつくのではなく、刃物のように鋭利な牙を利用して赤毛熊の体毛の一部を切り裂く。


だが、オークやコボルト程度の魔物ならばクロの攻撃を受ければ致命傷は避けられないだろうが、赤毛熊は全体が分厚く硬い体毛に覆われているらしく、体毛を少し切り裂くだけが精いっぱいで損傷は与えられなかった。


実際に攻撃をされたはずの赤毛熊はクロの行動に気付いた様子もなく、枝の上に着地したチイに目掛けて爪を振る。



「ガアッ!!」

「うわっ!?」

「チイ!!無茶をするな、一旦下がれ!!」



自分が足場にしていた樹木が破壊された事でチイは地上に降り立ち、それを見たリルが「氷装剣」を発動させると赤毛熊に向けて駆け出す。


リルが攻撃を仕掛けようとしている事を知ってネコミンも動こうとしたが、二人よりも早く赤毛熊に向けて駆け出す存在がいた。



「はああっ!!」

「レイナ!?」



チイに攻撃を加えた赤毛熊を見て居ても立っても居られなかったレイナは赤毛熊に向けて駆け出し、鞄からマグナムを取り出す。敢えて大声を上げる事で赤毛熊の注意に引く事に成功すると、レイナは走りながらマグナムを構える。



「喰らえっ!!」

「ガアッ……!?」



ゴーレムやガーゴイルの頑丈な岩石の身体さえも貫通する威力を誇る弾丸が放たれ、的確にチイに追撃を加えようとしていた赤毛熊の右腕を貫く。予想外の攻撃に赤毛熊は悲鳴をあげ、負傷した右腕を抑える。その姿を見てレイナは攻撃の好機だと判断して鞄に手を伸ばすとアスカロンを引き抜く。


マグナムを取り出したときに既にレイナは腰にフラガラッハを装着しており、アスカロンを両手で構えて赤毛熊へ向けて振り下ろす。片方は「攻撃力3倍増」もう片方は「切断力上昇」の能力を持ち、二つの聖剣の強化を受けたレイナの一撃が繰り出される。



「どりゃあっ!!」

「ガアアアッ!?」

「やった!?」



咄嗟に撃たれた腕の反対の腕を構えて防ごうとした赤毛熊だったが、その程度ではレイナのアスカロンの「切断」には敵わず、腕ごと斬られてしまう。片腕は撃ちぬかれ、もう片方の腕は切り裂かれた赤毛熊の悲鳴が響き渡る中、レイナは止めの一撃を繰り出す。



「せりゃあっ!!」



昨夜にリルに練習させられた剣術を利用して相手に一歩踏み込みながらレイナはアスカロンを振り払う。その結果、アスカロンの刃は赤毛熊の胴体を切り裂き、血飛沫が舞う。


赤毛熊は目を見開き、胴体の傷から自分の臓物が出てくる光景を目にしていったい何が起きているのか理解できない表情を浮かべた。



「ア、ガァッ……!?」

「これで……うわっ!?」

「レイナ!?」



しかし、致命傷を追いながらも赤毛熊は最後の反撃とばかりに右腕を振り上げてレイナの身体を突き飛ばす。


咄嗟にアスカロンを盾にして攻撃を防ぐ事には成功したが、あまりにも強烈な一撃でレイナの身体は吹き飛び、それを見たネコミンとシロが咄嗟に彼の身体を受け止める。



「うぐっ……」

「……大丈夫、生きてる」

「良かった……この畜生がっ!!」

「ガハァッ!?」



レイナが無事である事をネコミンが知らせるとリルは目つきを鋭くさせ、赤毛熊に向けて駄目押しとばかりに首を切断した。今度こそ確実に死亡した赤毛熊の死骸が地面に横たわると、リルとチイは額の汗を拭ってレイナ達の元へ戻る。


シロに乗ったネコミンに受け止められたレイナは特に大きな怪我はなく、咄嗟にアスカロンで防いだ事が幸いして軽い痣程度の怪我で済んだ。痛む身体を抑えながらもどうにかレイナは立ち上がると、リルが安心したように溜息を吐く。



「全く、一人で無茶をし過ぎだ!!いったい何を考えてるんだ……あまり心配させるんじゃない」

「す、すいません……」

「ですがリル様、レイナのお陰であの赤毛熊を倒せました。あまり怒らないでください」

「そう、レイナは頑張った」



無謀にも一人で突っ込んだレイナにリルは叱りつけるが、助けられた立場のチイはレイナの擁護を行い、ネコミンも賛同する。結果としてはレイナのお陰で赤毛熊の討伐に成功したのは事実であり、仕方なくリルも頷く。





※受け止めたのがネコミンで良かった……チイだったら死んでいたかもしれません。胸のクッション的なあれで……

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