第66話 アリシアが目覚める前に
「さて、まずお前に聞きたいことがある。アリシア皇女はいつ目覚める?」
「くっ……誰がお前等なんかに」
「どうやら自分の立場を分かっていないようだな。チイ、あれを」
「はい」
床に寝転がった状態でイヤンは憎々し気にリルを睨みつけるが、そんな彼に対してチイは短剣を取り出してリルに差しだす。刃物を握り締めたリルにイヤンは表情を一変させ、自分を拷問するつもりなのかと身体を震えさせる。
「さて、まずは右手と親指を貰うぞ。弓術士の命とも言える指を失うのは辛いだろうが、これも仕方ない事だ」
「や、止めろっ!?」
「ん?なら両足の指でもいいぞ。但し、親指だけではなくこちらは全ての指を貰うがな。そうなるとまともに走る事も出来なくなるぞ?」
「ひいっ!?」
イヤンを抑えつけたチイが脅しをかけると彼は必死に首を振ってどちらの要求も拒む。だが、そんな彼に対してリルは短剣を握り締めた状態でイヤンの顔の前に刃物を構えると、険しい表情を浮かべて睨みつけた。
「私達にあれだけの仕打ちをしておいて五体満足で生きて出られると思うな。お前に選択肢があるとすれば私達の質問に答えて生き延びるか、拒否してここで殺されるかだ」
「くぅっ……!!」
「少しは落ち着いて冷静になったようだな。だが、お前の仕出かした行為は見過ごすことは出来ない。暴狼団をお前が殺した事実は覆らないし、最愛の相棒を失った事に変わりはない」
「ああっ……分かっているよ」
今更ながらに自分の仕出かした行為を思い出したイヤンは表情を暗くさせ、マイは既にいない事と暴狼団を自分の手で死に追いやった事を認める。
後悔した所でイヤンの罪が免れるわけではないが、それでも先ほどまでの取り乱した態度から打って変わり、現在は時間が経ったことで少しは落ち着いたらしい。
消沈気味のイヤンを見てリルは彼がもう逃げ出す事はないと判断し、チイに抑えるのを止めるように促すと彼女はアリシアに仕込んだ眠り薬の効果を尋ねた。
「イヤン、お前がアリシア皇女に仕込んだ眠り薬の効果はどの程度だ?あれからかなりの時間が経過しているが、まだ一向に目覚める様子がない」
「あの薬の効果は半日程度だが……アリシア皇女は元々、碌に休息を取っていない状態だったからな。下手をしたら1日、場合によっては2日は起きないだろう」
「そうか、1日か……となると、私達が脱出するには十分な時間はあるな」
アリシアが目を覚ます前に彼女を地上へ連れ出す余裕がある事を知ったリル達は安心した表情を浮かべ、できればアリシアに正体が知られることなく彼女達もヒトノ帝国から立ち去りたいと考えていた。
それはレイナも同じであり、アリシアが無事に戻れるのならば自分が助けたことを知られなくてもいいと考える。
(リルさん達の話だと、アリシア皇女に助けを求めても相手がウサン大臣だと分が悪いようだし……ここはリルさん達と一緒に国外へ逃げよう)
事情を話せばアリシアならばレイナの話を信じてくれるかもしれないが、現状ではヒトノ帝国はウサン大臣が裏で掌握している以上、今の段階でレイナがレアに戻って帝城へ戻っても命を狙われる可能性は高い。なにしろウサンは勘違いとはいえ、レイナを殺そうとした事実は覆らない。
ウサンが存在する限りはヒトノ帝国内でレイナ(レア)の安全な場所は存在せず、ここは脱走者として生き延びることを誓ったレイナはリル達に協力する事を決めた。その前にまずはアリシアを地上へ送り届け、銀狼隊の正体を見破ったイヤンの方も何とかする必要があった。
「イヤン、お前を外へ出したら必ず私達の正体を晒すだろう。だからお前は……」
「こ、殺すつもりか!?」
「いや、一緒に連れて行く。但し、このカバンの中にだがな」
「……はっ?」
リルがカバンを持つネコミンを指差すと、イヤンの方は彼女が何を言っているのか意味が分からず、自分がどうしてそんなカバンの中に入る事ができると思い込んでいる彼女達に呆気に取られる。しかし、そんなイヤンに対してリルは短剣を握り締めると、頭部に目掛けて振り下ろす。
「ふんっ!!」
「ふげぇっ!?」
「うわぁっ……痛そう」
「大きなたんこぶができそう」
先ほど痛めつけられた復讐も兼ねてリルはイヤンの頭部に衝撃を与え、そのまま白目を剥いた状態でイヤンは気を失う。
気を失っている間にレイナ達は彼をカバンの中に再び放り込み、暗黒空間の中に封じ込めた。その後、リルはレイナに振り返ると早急に脱出する事を宣言した。
「よし、アリシアが目覚める前に私達も第四階層へ抜け出そう。他の冒険者集団がここへ訪れる前に行動する必要がある、各自準備を整ったら外で待機してくれ」
「はい……あ、でもアリシアさんはどうやって運びます?」
「む、そうだな……ゴーレムに見つかって戦闘になるとアリシアの身が危ない。逃走するにしても気絶している人間を抱えての行動となると問題があるな」
「しかし、置いていくわけには……」
「3人とも、こっち見て」
アリシアをどのような手段で運ぶべきかレイナ達は悩んでいると、ネコミンが先ほど気絶したイヤンを送り込んだカバンを手にしていた。
「この中に入れれば安全だと思う。階段の所に辿り着いたら、皇女様だけを出せばいい」
『…………』
ネコミンの言葉にレイナ達は苦い表情を浮かべ、確かに彼女の言う通りにその方法こそが最も安全にアリシアを運び出せると思われたが、イヤンを先に入れたカバンの中にアリシアも一緒に封じ込めるという点に3人は何となくだが拒否感を覚えた――
――結局、レイナはネコミンの提案を受け入れてアリシアを安全に運ぶために家の中にあった大き目のリュックを取り出す。
元々は登山が好きな父親の私物だが、今は本人もいないので遠慮せずに受け取ると、レイナは「解析」を発動させて詳細画面を開く。
『リュック(登山用)――大きな荷物を運び出す事が出来る登山用のリュック』
「よし、これをこうすれば……出来た」
レイナは視界に表示された画面に指を向けると、自分が所有するカバンと同様に文字を書き換えて「大きな荷物を」を「どんな荷物も」という文字へ変更させる。
その結果、詳細画面が更新されるとリュックが一瞬だけ光り輝き、中身を覗き込むと暗黒空間が広がっている事から成功した事を確認した。
「出来た。この中に入れれば大丈夫だと思います」
「そうか、ならアリシアをすぐに運び込もう」
「……でも、なんで新しいストレージバッグを用意したの?こっちのカバンじゃダメだったの?」
「いや、なんでと言われても……」
わざわざ文字変換の能力を使って新たな「ストレージバッグ(厳密に言えば違うのだが)」を用意したレイナにネコミンは首を傾げえると、他の二人も何とも言い難い表情を浮かべる。普通に考えれば1日に使える文字数が限られているのに貴重な文字数を削って収納制限がないリュックを作り出したレイナの行動は非効率だろう。
しかし、イヤンが入っているカバンの中にアリシアも一緒に送り込むという方法はどうも不安を拭えず、そもそもカバンの中に放り込まれた物が同じ空間に送り込まれている可能性もある。
そう考えるとやはり気絶している状態とはいえ、イヤンとアリシアを同じ空間内に預けてしまう可能性もある以上、ここは敢えて新しいストレージバッグを作り出す必要があった――と無理やりにレイナ達は納得するしかなかった。
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