第65話 脱出前の相談

(いや、料理する前に真面目にここから抜け出した後の事を考えないといけないよな。というか、冷静に考えたら大迷宮にこんな一軒家を建てた時点でかなり問題があるような……)



身体を休めるためとはいえ、大迷宮の内部に自分の家を建ててしまった事にレイナは今更ながらに頭を悩め、普通に考えれば身体を休めるだけならばわざわざ家を作らなくともテントか何かを用意すれば十分だった。


しかし、後悔しても遅く、既に家を作り出した以上は使える物は全てカバンの中に収納し、外へ抜け出す前に一軒家の方は処理する必要がある。


帝城でレイナがまだ世話になっていた頃、勇者たちは戦闘訓練を終えた後は本格的に魔物と戦い、レベルを上げる予定だった。最終的には大迷宮へ挑み、迷宮内の魔物達と戦う計画はダガンから聞いており、もしもレベルを上昇させて強くなった勇者たちがこの場所へ訪れたら驚く所ではない。


流石に大迷宮内に地球の建築技術で建てられたとしか思えない一軒家が存在すれば勇者たちも怪しみ、当然だがヒトノ帝国にも報告するだろう。そうなると一軒家を作り出したのはいったい誰なのか調査されるのは間違いなく、当然だが脱走したレイナが真っ先に疑われるだろう。



(俺は無能の勇者だと思われているけど、最初に作り出したフラガラッハの件でアリシアさんの殺害犯だと疑われている。アリシアさんが聖剣と一緒に戻ってきたら俺の無実は証明されるだろうけど、そうなったら聖剣が二つ存在する事が発覚する。そうなると、きっと誰かが俺が聖剣を作り出した事に気付くはずだ……そして大迷宮内に出現した地球の建物の存在を知られたら、俺がこの第四階層に入ってこの建物を作り出した事も知られるかもしれない)



他のクラスメイトと比べて大きな取り柄がないはずのレイナ(レア)がぞんざいに扱われながらも帝城で世話をされていたのは彼が「勇者」だからである。勇者はこの世界では特別な存在のため、文字を変換する能力しか持たないレアも将来的に何か役立つ能力に芽生えるかもしれないと判断され、保護されていた。


過去に幾度も召喚された勇者達はヒトノ帝国に大きな貢献をしている功績がある以上、彼等と同じ勇者の称号を持つ「レア」にも彼等と同じだけの力が存在する可能性があると判断した帝国はレアを保護していた。


そしてレアが消えた後、この世に一つしか存在しない聖剣、更には地球の建物が出現すれば必ず逃げ出したレアの仕業ではないかと考える人間も現れるだろう。



(卯月さんたちとは交流がなかったし、この家を見ても俺の家だとは分からないだろうけど……もしも遠征中の金級冒険者達がこの第四階層の安全地帯の存在を知っていたら自分達が訪れた時はこんな建物はなかったと報告するだろうな。そうなると建物が建設されたのはごく最近だと気付かれて、結局俺の仕業に思われるかもしれない)



第四階層の誰も訪れた事がない場所に地球の建物があれば過去に召喚された勇者が残した建物だと思われる可能性も残っているが、生憎とこの第四階層は金級以上の冒険者とアリシアの率いる騎士団が幾度も足を踏み入れている。


なのでこの安全地帯の居場所を知られている可能性が高く、唐突に地球の建物が出現すれば当然だが地球人で勇者でもある脱走した「レア」が真っ先に疑われるのは間違いない。



(こうして考えると色々と面倒な問題だな……こうして休んでいる間にも、ゴイルさんの冒険者集団に見られたらまずい事になりそうだ。というより、アリシアさんが目を覚ましたらなんて説明すればいいんだ?ああ、こんな事ならもっと別の物を作り出せば良かったんだ)



折角作り出した自分の家に対してレア、改めレイナは頭を抱える。そんなレイナの態度を見ていたリル達は不思議そうに首を傾げ、チイが心配そうに話しかけてきた。



「おい、どうした急に黙って……体調でも悪いのか?」

「いや、その……これからどうすればいいのかなと思って」

「むっ……確かに休んでばかりはいられないな。アリシアを救い出して疲れが取れた以上、早急に大迷宮から脱出しないといけないな」

「さっき、寝ている時に地震が起きた。きっと、また迷宮の構造が変化してるはず」

「えっ……そうなんですか?」



レイナは意識を失っている間に迷宮の構造が再び変化していたらしく、どうやら第四階層は24時間の周期で迷路が変化する仕組みだと発覚する。


試しにレイナは地図製作の画面を確認すると何時の間にか画面上の地図が若干変化を果たしており、運がいいのか悪いのか安全地帯から階段へ繋がる通路も存在した。



「リル様、迷宮の構造が戻ったお陰でもう脱出は問題ないと思います。後はアリシア皇女を連れて抜け出すだけです」

「そうか、ならアリシアの意識が戻り次第にすぐに地上へ出よう。各自、準備を整えてくれ」

「了解」

「あの……アリシアさんは大丈夫なんですか?」



リルの言葉を聞いてここでレイナはアリシアの容体が気になり、疲労困憊の状態でさらにイヤンの眠り薬によって意識を失っている彼女の安否を心配すると、リルは黙って首を振る。



「イヤンの奴に何を嗅がされたのか分からない以上、いつ目を覚ますのかは分からない。せめて仕込まれた眠り薬が何なのか分かれば……」

「リル様、ここはイヤンの奴にどんな薬を使用したのかを問い質した方が早いのではないでしょうか?」

「それもそうだな。となると……レイナ君、奴を「出して」くれるか?」

「あ、はい……ちょっと手伝って貰っていいですか?」

「いいとも」



レイナはリルに言われて自分のカバンを取り出すと、ネコミンに力を貸して貰い、彼女と共にカバンの蓋を大きく開いた状態で腕を差し込む。そして暗闇に覆われた空間から二人の腕が出現すると、カバンの中から「イヤン」が出現した。




――文字変換の能力によって「どんな荷物」も収納が可能となったレイナのカバンはどうやら「人」さえも収める事が出来るようになったらしく、カバンの蓋を限界まで開いた状態でイヤンを引きずり出す。彼は未だに意識を失っており、その様子を見てレイナは安心する。




最初は始末するべきだとリル達に提案された時、レイナはどうしてもイヤンの命を奪う事が出来ず、その代わりに彼が他の人間に情報を渡さないようにカバンの中に封じ込める事を提案した。


最初は成功するのか不安だったが、解析の詳細画面に表示されている文章通り、レイナのカバンは「どんな荷物」も取り込めるらしく、気絶しているイヤンの回収に成功した。


引きずり出されたイヤンの状態はカバンの中に封じ込めた直後と変らず、意識も戻っていない。だらしない表情で気絶するイヤンに対してリル達は目元を怪しく光らせてとりあえずは叩き起こす。



「起きろっ、このクズがっ!!」

「ぐえっ!?」

「おはよう、目覚めの気分はどうだい?」

「……お仕置きタイム」

「うわぁっ……」



チイがイヤンの顔面に鉄拳を叩きつけて強制的に目を覚まさせ、彼の手足を縄で拘束させた状態で床に寝転がさせる。そしてリルは椅子に座った状態でイヤンを見下ろし、チイとネコミンの方も縛り付けられた恨みを晴らすためにレイナの家に存在した百科事典とフライパンを握り締める。


自分の状況を理解したのかイヤンは顔色を真っ青に変え、怯えた表情を浮かべて逃げようとした。しかし、両手と両足が拘束された状態ではまともに動けず、そんな彼に対してリルは椅子に座った状態で冷たい視線を向けながら見下ろす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る