第58話 迷宮の変化

「ともかく、ここから先はより気を付けて進もう。暴狼団に関しては……私達にはどうしようもできない。いずれ大迷宮へ吸収されてしまうだろう」

「遺品の回収だけは行いますか?」

「そうだな、レイナ君。また頼めるか?」

「あ、はい……」



リルは暴狼団の死体から彼等の身元を証明する物を回収し、通路を離れる。しかし、曲がり角を移動する途中でレイナは立ち止まり、暴狼団の方へ顔を向けた。本当にあのまま放置するべきなのかと考えてしまう。



「レイナ?」

「あの……本当に死体は消えちゃうんですか?」

「信じられないのも分からなくはないが、それが事実だ。それに仮に消えなかったとしても今の私達にはどうしようもできない。先を急ぐしかないんだ」

「ほら、早く来い。暴狼団を殺した奴等が近くにいるかもしれない」

「はあ……そうですね」



レイナはリル達の言葉を聞いて納得するしかなく、曲がり角の通路に向かおうとした。だが、足を踏み入れようとした瞬間、唐突な振動が迷宮内に走った。



「何だっ!?」

「地震っ……!?」

「これは……まずい!!」

「うわぁっ!?」



地震の如く大きな振動が第四階層に広がり、やがて曲がり角の通路の地面が盛り上がり、煉瓦の壁が出現する。そのまま曲がり角の通路の入口が塞がれ、レイナとリル達は分断されてしまう。


慌ててレイナは壁が上がりきる前に移動しようとしたが、既に時は遅く、盛り上がった壁は天井にまで到達してしまう。



「そんな!!リルさん、チイさん、ネコミンさん!!」

『大丈夫かレイナ君!!』

『そちらは無事か!?』

『怪我してない?』

「あ、良かった……」



壁越しに微かにリル達の声が聞こえて安堵したのも束の間、レイナは天井にまで到達した煉瓦の壁を見て冷や汗を流す。正確には壁というよりも煉瓦の柱が出現したという表現が正しく、通路は完全に塞がれてしまう。


リル達と分断したレイナはどうにか迂回してリル達の元へ向かう方法がないのかを探すが、何時の間にか自分が立っている通路の構造も変化している事に気付き、先ほどまで見えていた暴狼団の遺体現場の方にも壁で付されていた。どうやら先ほどの振動によって迷宮全体が変化したらしい。



(なんて大がかりな仕掛けなんだ……いや、それよりもリルさん達とはぐれたのはまずい、どうすればいいんだ?)



こんな危険な場所で一人になったレイナは不安に襲われ、壁越しにリル達にどうすればいいのか話しかけようとした時、通路の端の方から足音らしき音を耳にする。



「ゴォオオオッ……!!」

「そんな、嘘だろ!?」

『どうしたレイナ君!?』

「ゴーレムです!!しかも、大量の!!」

『何だって!?』



新しく出てきた通路からゴーレムが集団で出現し、それを見たレイナはここに留まる事は出来ない事を悟ると、壁越しにリル達に逃げる事を伝える。



「すいません、見つかる前に行きます!!あの、どうにか最初の階段まで戻るので、そこで待ち合わせしましょう!!」

『待て、戻るといってもどうやって戻るつもりだ!?』

「とにかく、どうにかします!!生きて後で会いましょう!!」

『……分かった。こちらも道標になる物を残しておくから、もしもそれを見つけたら追いかけてきてくれ!!』

「はい!!じゃあ、行きます!!」

『ゴオオオオッ!!』



ゴーレムの集団はレイナを発見すると威嚇のような鳴き声を上げて走り出し、それを見たレイナは急いで新しくできた通路を進む。道を覚える暇もなくゴーレムを撒くためにレイナは走り続け、迷路の中を彷徨う――






――それから1時間後、レイナは汗だくの状態で通路の壁に背中を預けて身体を休ませていた。


リル達と別れた後、あちこちを歩き回ったが彼女達にもアリシアとも会っていない。リルが残すといってくれた道標らしき物も見つからず、無為に時を過ごす。



「くそっ……どうしてこんな事に」



何度かゴーレムと遭遇し、逃走を繰り返していたせいでレイナの体力は限界が近く、カバンでさえも重さを感じてしまう。


このままでは体力の尽きてアリシアを救助するどころか自分が助けを待つ立場となる。しかも、迷宮内には暴狼団を殺した何者かが潜んでおり、油断はできない。



「どうすればいいんだ……」



文字変換の能力を使うべきか悩んだが、時間帯的には次に文字数が回復するにはまだ20時間以上の猶予があり、現在の時刻は深夜である。


使える文字数も「2文字」なので生み出せる物は限られ、精神的にも肉体的にもレイナは追い詰められていた。



「もうここで終わりなのか……待てよ」



だが、ここでレイナは顔を上げて自分のステータスを確認する。第四階層に訪れたばかりの頃にレイナはガーゴイルを倒しており、もしかしたらレベルが上昇しているのではないかと確認すると、案の定というべきかレベルが一気に上昇していた。




―――――――――――


称号:解析の勇者


性別:女性


年齢:19才


状態:疲労


レベル:16


SP:75


―――――――――――



「やった!!レベルが上がってる!!」



一気にレベルが5も上昇し、これで技能の習得制限が解除された事を確認したレイナはSPを確認し、この状況下で役立つ能力を覚えるために未収得の能力一覧を開く。



「SPは有り余ってるんだ。この状況で役立つ技能だけを習得して……これだ!!」



画面に表示される技能の名前を確認したレイナは「地図製作」という文字を発見し、早速習得を行う。SPを消費して覚えた瞬間、唐突に視界内に別の画面が表示された。



「おっ……この画面の地図が今まで俺が歩いてきた場所か。なるほど、こういう風に確認もできるのか」



チイの話では頭の中に地図を描く感覚だといっていたが、実際の所はステータス画面のように視界内に地図の画面を表示できるらしい。


試しにレイナはこれまでの自分がどのような道順を辿っていたのかを確認すると、運が良い事に第四階層の入口である階段が存在する場所まで表示されていた。



「良かった、階段の位置は分かる……あ、でも迷宮の構造が変化しているせいで階段まで繋がる通路が塞がっているのか。でも、位置と方角さえ分かればなんとかなりそうだな」



地図製作の画面を開きながらレイナは立ち上がろうとした時、不意に画面上に赤色のマークが表示されている事に気付く。マークはレイナから20メートル程離れた位置を移動しており、徐々にレイナが存在する通路へ近づいていた。



(なんだこのマーク?嫌な予感がするな……隠れるか)



通路を見渡してレイナは隠れられそうな場所を探すが、生憎見当たらず、仕方なく両手に視線を向けて城を脱出するときのように壁に張り付いて身を隠す事にした。



(これ、きついから嫌なんだけどな……)



通路の煉瓦の壁の隙間にレイナは靴を脱いで両手両足の指を食い込ませ、渾身の「握力」を込めて壁をよじ登る。まるで某映画の蜘蛛男のような気分になりながらレイナは煉瓦の壁をよじ登り、天井近くまで避難を行う。


しばらくした後、地図製作の画面に赤色のマークがレイナが存在する場所まで接近すると、曲がり角からゴーレムが出現した。ゴーレムは壁を登って天井近くまで張り付いているレイナに気付かず、そのまま周囲を見渡した後、別の通路へ移動を行う。



「ゴオオッ……」



ゴーレムはレイナに気付かずに通路を進み、念のために地図を確認してマークが20メートル以上まで離れて消えたのを確認したレナは急いで壁を降りると、地面へ倒れ込む。



「はあっ……きつかった」



レイナが覚えていた「握力」の技能は両手だけではなく両足の握力も強化されるらしく、そうでなければ壁をよじ登る事など出来なかった。だが、隠し通したおかげでレイナは地図製作の使い道に気付く。


どうやらこの地図製作は「気配感知」の技能を覚えていると他の人間や魔物の位置を地図上に表示するらしい。

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