第57話 暴狼団の末路
「ここから先はネコミンの鼻を頼りにして進もう。何かを感じ取ったらすぐに報告するんだぞ」
「大丈夫、前にアリシア皇女と会った時に臭いは覚えているから、臭いを感じたらすぐに分かる」
「よし、なら移動を開始しよう……だが、その前に彼の死体から遺品だけは回収しておこう。埋葬をする暇はないし、放置しておけば大迷宮に吸収されてしまうからな」
「あっ……」
リルは先ほど遭遇した騎士の死体の前に赴き、彼の名前が刻まれた長剣を確認すると、両手を合わせて冥福を祈る。レイナ達も同じように祈った後、リルは回収した長剣をレイナに差しだす。
「悪いがこれは君が持っていてくれ。死体の傍に置いておかなければ大迷宮に吸収される事はないだろうが、だからといってそこら辺に放置するわけにいかないからな」
「はい……分かりました」
騎士の遺品をレイナはカバンの中に入れると、最後に死体に視線を向け、身体を震わせながらも覚悟を抱く。ほんの少し前までは普通に話をしていた人間があっさりと死んだ事を自覚し、ここが平和な日本ではなく、自分もいつ命を落としかねない危険な場所である事を再認識する。
ネコミンを先頭にレイナを含めた銀狼隊は通路を進み、アリシアの捜索を行う。だが、これまでの階層の中でもかなり迷路は複雑な構造となっており、しばらく歩いているとレイナは帰り道を覚えきれずに迷ってしまうのではないかと不安を抱く。
「あの……普通に進んでますけど、大丈夫ですか?道に迷ってませんよね?」
「安心しろ、チイが居る限りは私達は道を迷う事は無い」
「え?それはどういう……」
「チイは「
「そういう事だ。だから何も心配せずに付いてくるんだ」
地図製作という言葉にレイナは先ほどリルが話した探索などでは便利な技能の名前である事を思い出し、念のためにもう一度だけ具体的にどのような技能なのかを問う。
「さっきも言ってましたけど、その能力は発動すると具体的にどんな感じになるんですか?」
「そうだな……説明するとなると難しいんだが、今の私の目にはここまでの道順が記された「地図」の絵(画面)が表示されている。私が動いた分だけ地図は更新されるといった感じだ」
「へえ、凄い技能ですね……」
「それだけに地図製作を覚えている冒険者は重宝されるんだよ。チイも何度か他の冒険者集団から勧誘された事もあるからね」
「私はリル様以外の人間の元には仕えません!!」
茶化す様にリルが言葉を掛けるとチイが不機嫌そうに答え、そんな二人の反応を見てレイナは銀狼隊の面子がお互いの事を信頼している事をよく理解した。危機的状況でありながらも冗談を言えるだけの余裕があるのは悪い事ではなく、常に神経を張り巡らせているよりは良い。
しばらくの間は歩き続けると、先頭を進んでいたネコミンが立ち止まり、彼女は鼻を鳴らすして眉をしかめる。その反応を見てリルは彼女が何かを感じ取った事に気付く。
「ネコミン、どうかしたか?」
「……血の臭いがする、しかも強烈な臭いがこの先の通路から広がっている」
「血の臭い、か……血を流す魔物が存在しない階層で血の臭いを感じるということは……」
「急ぎましょう!!」
リルの言葉を聞いて不安に駆られたレイナは先を急ぐことを提案すると、他の3人も同意して通路を進む。しばらく走ると通路の曲がり角から人間の腕らしき物が飛び出している事に気付き、レイナは声を掛ける。
「大丈夫ですか!?」
「……返事がない」
だが、レイナが声を掛けても曲がり角から飛び出ている腕の主からの返事はなく、急いで4人は角を曲がると、その先の光景を見て絶句する。
「そ、そんな……」
「これは……間違いない、暴狼団だな」
「……ここまで辿り着いていたのか」
「けど、もう……」
――通路には複数人の冒険者の死体が並び、その傍にはゴーレムと思われる残骸もいくつか存在した。状況的に見てもゴーレムとの戦闘で相打ちになったらしく、残念ながら仲間の中にゴーレムの弱点である水属性の魔法を扱える魔術師がいなかったのか、冒険者達の傍に落ちている武器は殆どが刃毀れか刃が折れていた。
リルは壁際に背中を預けて血を流す暴狼団のリーダーの「ガロ」を発見し、一応は確認するが既に死亡してから数分は経過しているようだった。碌に休憩も行わずに第四階層の奥まで進み、ゴーレムの襲撃を受けて戦闘になったが、相打ちという形で全滅した様子だった。
「酷い……皆、死んでいる」
「馬鹿者どもめ……勝手に突っ走って行動するからだ」
「仕方ないさ、彼等は手柄を焦っていた。遺品を回収次第、ギルドに報告する必要があるな」
「……ちょっと待って」
先ほどの男性のようにリルは死体から身元を判明する遺品を回収しようとした時、ネコミンが何かに気付いたのかガロの死体を壁際から話し、首の後ろを指差す。
「ここ、何かが刺さったような跡がある。それに肌も変色してる……毒かもしれない」
「毒?ゴーレムって毒も出すんですか?」
「いや、そんな事は有り得るはずがない。毒を生み出すゴーレムなんて聞いた事がないぞ?」
「これは……恐らく、毒矢だ。何者かが毒矢を撃ち込んでガロを殺した……?」
ガロの死体の首の傷口はリルの見立てでは毒矢のような物で仕留められたとしか思えず、その事実を知って全員に緊張が走った。ガロを殺したのはゴーレムではなく、第三者の手によるものだと判明し、全員が咄嗟に周囲を見渡す。
視界の範囲内では人間の姿は見当たらないが、ガロが殺されたという事実は変わらず、そう考えると容疑者は限られた。それはリル達が入る前に先に入った「緑水」の冒険者の仕業としか考えられず、彼等が暴狼団がゴーレムとの戦闘中にガロを殺した可能性が高い。
「まさか、緑水の連中が暴狼団を……!?」
「信じがたい事だが……状況的に考えてもその可能性が高いな」
「でも、どうしてそんな事を……」
「……手柄を独り占めするため?」
緑水の冒険者達がガロが率いる暴狼団を襲った理由が分からずにレイナは戸惑い、ネコミンが手柄を独占するために仕掛けたのではないかと推察するが、現状では緑水が行ったという証拠がない以上はもしかしたら捜索隊とは関係ない第三者の行為という可能性も捨てきれない。
しかし、状況的に考えても金級冒険者以外が立ち入りが禁止されている第四階層に他の冒険者が勝手に入り込むとは思えず、現時点では暴狼団の後に第四階層に入った緑水の冒険者達が疑わしい。暴狼団の死体の確認を終えた後、リルは彼等の遺品が既に回収されている事に気付く。
「冒険者の証であるバッジが取り外されている……という事は犯人が持ち帰ったという事だ」
「大迷宮内で死亡した冒険者の死体はいずれ吸収されて跡形もなく消えてしまう……それを予測しての犯行だとしたら、犯人は自分達で暴狼団を殺しておいて後で冒険者ギルドに暴狼団が魔物に殺されたと報告するつもりか、くそっ!!」
「冒険者の場合、遺品を持ち込んだ人間には相応の報酬が与えられる。もしもこれが計画的な犯行だとしたら、相手は余程暴狼団に恨みを持っているが、それともただの金目当てで殺した事になる」
「そんな理由で人を殺すなんて……」
レイナは冒険者達の死体に視線を向け、彼等が魔物に殺されたのではなく、誰かの悪意で死亡したと考えると一気に怖くなり、身体の震えが止まらない。
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