第42話 ストレージバッグ
「はっはっはっ!!まあ、仲良くしようじゃないか別嬪さん!!ところであんた、得物は持ち合わせていないのか?まさか、格闘家というわけでもないだろう?」
「得物?ああ、武器の事か……大丈夫です。ちゃんと用意しています」
「ほう、そのカバンの中に入れているのか?どれ、こう見えても俺は鍛冶師だからな。何なら武器の手入れをしてやろうか?」
「えっと……」
「いや、結構だ。それより、時間までの間は私達で相談しておきたい事がある。少しここを離れさせてもらうよ」
ゴイルの言葉をレイナが返事をする前にリル達は彼女を連れてその場を離れ、声が聞こえない程度の距離まで離れる。
出発まで時間はまだあるが、その前にリル達もレイナと話し合いを行う必要があった。彼女達は周囲の人間に聞かれないように気を付けながら小声で話しかけた。
「レイナ君、あまり他の冒険者と会話をする必要はない。一件は友好的に接してくる相手だとしても、腹の中では何を考えているのか分からないからな」
「え?あ、はい……」
「さっきのゴイルという男は注意しろ。武器を見せろと言ってきたのはお前がどのような武器を扱うのかを調べるつもりだ……それより、私達と会ったときに所持していた聖剣はどうした?持ってきていないのか?」
「大丈夫です。この中にありますから」
「……その小さなカバンの中に?」
リル達の質問にレイナはカバンを示すと、彼女達は不思議そうな表情で覗き込む。その鞄はレイナがリル達と出会った時から身に付けている代物だった。
見た限りではレイナが所持しているカバンは何処にでもある革製のカバンにしか見えないのだが、彼女達の前でレナはカバンを開くと、手を突っ込んで中に収納していた武器を取り出す。
「ほら、ちゃんとあるでしょう?」
「うわっ!?な、何だ今のは!?」
「カバンの中から……剣が出てきた?」
「うにゃっ……!?」
――カバンの中から長剣が取り出され、昼間にも装備していた「アスカロン」と「フラガラッハ」をレイナは取り出す。その光景を見てリル達は驚き、カバンの大きさから考えても二つの聖剣が入れるようなサイズではないはずだが、まるで手品のようにレイナは剣を取り出す。
いったいどのような方法で聖剣を取り出したのかとリル達はカバンの中を覗き込むと、何故かカバンの中身は暗闇に包まれており、中の様子が見えない。しかし、レナが暗闇の中に手を突っ込むとカバンの容量から考えても有り得ない質量の道具を取り出す事が出来るらしい。
「な、なんだこれは!?いったい、どうやってこんな小さなカバンに剣を入れていたんだ?」
「手品?」
「これは……まさか、魔道具の「ストレージバッグ」か!?よくこんな物を持っていたな。私も見るのは初めてだぞ」
「え?ストレージバッグ?」
「知らないのか?勇者が残した魔道具の一種で、ありとあらゆる物を収納できる魔法の鞄だ」
リルによるとこちらの世界には「ストレージバッグ」という名前の魔道具が存在し、製作者は初代勇者であり、聖剣と同様に次世代の勇者のために残した魔道具の1つである。
初代勇者が残したストレージバッグは数十個しか生産されておらず、しかも外見は普通のカバンにしか見えないので見分ける事も難しい。リルはレイナが所有しているカバンをストレージバッグだと思い込み、何処で手に入れたのかを問うと、レイナは不思議そうに答える。
「そのストレージバッグというのはよく分かりませんけど……このカバンは俺の加護の能力で性能を変化させた普通のカバンですよ」
「何だって……という事はこれは君の力で作り出したというのか!?」
「はい、そうなりますね」
リルの言葉にレイナは頷き、少し前に彼女は「文字変換」の能力を使用してカバンの詳細画面の説明文に変化を加えた結果、ありとありゆる物を収納できる能力を身に着けさせることに成功した。
『鞄――革製で作り出された鞄。見かけよりもかなり頑丈に出来ており、小さい荷物も収納して持ち運ぶ事が出来る』
元々に表示されていた画面の文章はこのように表示されていたが、レイナが目に着けたのは「小さい荷物も収容」という部分であり、こちらの文章の冒頭部分を文字変換の能力で書き換える。
『小さい荷物』
↓
『どんな荷物』
書き換えた文字は「小さな」という部分だけであり、これを「どんな」と書き換えた瞬間に鞄の中身が暗闇に覆われ、出入口に通れる大きさの物ならば収納できるようになった。
どうやら「どんな荷物も収納」という言葉通り、本当にあらゆる荷物を鞄の中に収める事が出来るらしく、この小さいカバンの中にはレイナの荷物が全て収まっていた。
鞄から荷物をを取り出したい時は必要な物を頭に思い浮かべて手を伸ばすと取り出せる仕組みらしく、しかも鞄にどれほどの容量の荷物を入れても重量は全く変わらない。
正にゲームや漫画に出てくるような便利な能力を持つ鞄へと変化を果たす。しかし、お陰でレイナは今日の分の文字数を3文字も使用してしまい、これで残りの文字数は半分に迫る。
「一応は持ってきましたけど、武器の方はやっぱり目立つかなと思ってこの中にしまっていたんです。フラガラッハを持ち歩くと怪しまれそうかと思って……」
「なるほど、確かに他の人間に聖剣を見られると厄介な事になりそうだ。だが、こんな物まで作り出してしまうとは……これが勇者の力か」
「本当にお前は勇者だったんだな……だが、わざわざ荷物を運ぶためにこんな物を作ってしまうとは呆れた奴だ」
「これ、便利そう……私にも今度作って」
「あ、うん……それより、武器の事はどうすればいいですかね?」
レイナは困った風にフラガラッハに視線を向け、当然だが他の人間の目がある間はこちらの聖剣は使用できない。何しろ行方不明のはずのアリシア皇女が所持している聖剣をレイナが使用していれば他の人間が怪しむ事は間違いなく、先日のウサンのように勘違いでレイナがアリシア皇女から聖剣を奪った犯罪者と間違われかねない。
しかし、フラガラッハを使用できない場合はレイナには聖剣の補助は得られず、特に「攻撃力3倍増」の効果を失うのは痛手だった。レベルも上がり、いくつかの技能も覚えたとはいえ、未だにレイナはゴブリンやホブゴブリンなどの相手しかしておらず、これから向かう大迷宮に生息する危険な魔物達に今更他の武器で対抗出来るのか分からなかった。
「残念だがフラガラッハはそのカバンの中に隠しておいた方が良い。それと武器に関してだが……当面の間はもう一つの聖剣で戦えばいい」
「アスカロンを?でも、これも聖剣ですよね?やっぱり、怪しまれるんじゃ……」
フラガラッハと同様に生み出したアスカロンもレナの手元には存在するが、こちらも聖剣なので他の人間に見られては不味いのではないかとレナは不安を抱くが、リルによるとアスカロンに関しては問題ないという。
「聖剣アスカロンは確かに知名度は高いが、未だに初代勇者以外の存在が扱った事はない。というよりも、未だに大迷宮から発掘されていないんだ」
「え!?そうなんですか!?」
「アスカロンという聖剣は実在し、初代勇者が扱っていたという記録は残っている。だが、初代勇者が世界各地に残した大迷宮に聖剣を封じた後は誰一人としてアスカロンを手に入れた者はいないんだ。だから本物のアスカロンがどのような聖剣だったのかは伝承でしか語られた事はない。何人もの鍛冶師が伝承の記録を参考に模造品を作り出してはいるが、どれも作り出した鍛冶師の独自の解釈が加えられて形状が異なる事も多い。実際に私達の国ではアスカロンは大型の魔物を倒す為に作り出された聖剣だから「大剣」であると考えられているが、この国の鍛冶師達は「長剣」と認識して模造品をつくりだしているらしい」
「へえっ……」」
「つまり、今の時代では本物のアスカロンを見た者は生きていない。だから本物を見た事がない人間が君の持っているアスカロンの複製品を見たところで凄い切れ味の剣にしか見えないだろうね」
「私達も最初はアスカロンとは気付かなかったからな……その聖剣なら所持していても問題はないだろう」
「そうそう」
「そっか……なら、大丈夫なのかな」
アスカロンならば他の人間に見られても問題ないと知るとレイナは安心した表情を浮かべ、腰に差し込む。これで武器も整い、あとは出発を待つだけだった。
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