第36話 城下町の異変

「まあ、怪我の事は気にしないでくれ。これも罪のない人間を殺そうとした報いだと思って諦めているよ。君からしてみたら私のした事は許せない事だろうからな」

「けど、痛くないんですか?」

「正直、力強く握りしめると痛みは走る。だが、我慢できない程度じゃないさ」



レイナはリルの言葉を聞いて彼女の掌の火傷に視線を向け、考え込む。リルに殺されかけたという事実は忘れないが、それでも彼女達にも事情があり、罪悪感を抱いているのであればレイナは彼女達の事を許す事にした。


リルの火傷の痕跡を見てレイナは文字変換の能力を使用すれば治す事ができるのではないかと考え、試しに彼女を「解析」して状態の項目を確認する。



『状態:負傷』



どうやら肉体の一部でも怪我をしている状態は「負傷」と表示されるらしく、これならばレイナの文字変換の能力を使えば上手く火傷を治せる可能性はあった。



「あの……その火傷、もしかしたら治せるかもしれません」

「それは……」

「本当か!?本当に治せるのか!?」



レイナの言葉にリルよりも先にチイが反応し、彼女はレイナの両肩を掴むと激しく揺さぶる。過敏な反応を見せたチイにレイナは戸惑うが、先ほどまでの態度はどうしたのか彼女はレイナに懇願する。



「頼む、今までの無礼は謝る!!だから、どうかリル様の手を治してくれ!!この通りだ!!」

「土下座!?ちょ、止めてくださいよ!!分かりました、治しますから!!」

「本当に治るのか?治癒魔導士に診て貰ったが、自然治療以外に方法はないと言われたんだが……」

「本当に治せるの?」

「はい、でも時間をください。明日の朝には治す事が出来るので……」

「分かった。なら、明日の朝に例の武器屋で落ち合うのはどうだ?時間は……そうだな、10時ぐらいで構わないか?」



リルは懐中時計を取り出して時間を確認すると、ここでレイナはこの世界にも懐中時計がある事を知る。街中では時計はあまり見かけなかったが、どうやらこの世界にも時計はあるらしい。


文字変換の能力が日付を更新するまではリルの怪我を治療する事は出ないため、とりあえずは念のためにレイナは自分の住んでいる宿屋の場所を教えた。



「俺が泊まっている宿屋は街の中央辺りに存在する「黒猫亭」です。そこの二階の部屋に泊まっています。何かあったらそこへ来てください」

「そうか、黒猫亭か……ん?黒猫亭?」



レイナの言葉に3人は固まり、その反応に疑問を抱いたレイナは何か不都合があるのかと問おうとした時、ネコミンが答えた。



「どうかしました?」

「それ、私達が泊っている宿の名前」

「……えっ?」






――その後、4人は共に廃墟街を脱出すると、自分達が宿泊している黒猫亭と呼ばれる宿屋へ辿り着く。まさかの偶然でレイナとリル達は同じ宿で宿泊していたらしく、しかも隣同士の部屋を借りていた。


あまりにも奇跡的な偶然にレイナは驚くが、これでわざわざ待ち合わせを行う必要もなくなり、深夜を迎えるとレイナの部屋にリル達が尋ねる。



「失礼するよ」

「入るぞ」

「御邪魔します」

「どうぞどうぞ……あ、粗茶ですが飲んでください。お茶菓子もありますよ」



3人を出迎えるとレイナは事前に用意していた机と椅子に座らせ、とりあえずは適当にお茶とお茶菓子を用意した。


リル達は部屋の様子を見渡し、まさか本当に隣の部屋にレイナが宿泊していた事に驚かざるを得ない。レイナ自身もまさか自分の命を狙ったリルが隣の部屋で宿泊していたという事実に驚きを隠せない。



「まさかお互いに隣の部屋に泊まっていたとは……これまで、よく鉢合わせしなかったな」

「凄い偶然だな……」

「あちちっ……お茶が熱い」

「あ、猫の獣人だから猫舌なの?ごめんね、代わりにジュースを用意するから……」



椅子に座り込んだリル達はとりあえずはレイナの用意したお茶を飲み、ネコミンの場合は猫舌なのでジュースを新しく用意してもらう。


しばらく時間が経過した後、ステータス画面を確認してレイナは文字変換の能力が復活したのを確認すると、早速リルの治療を行う。



「じゃあ、火傷を治しますね。そのまま動かないで下さい」

「ああ……本当に何もしないでいいのか?」

「はい、問題ありません」



解析を発動させてリルのステータス画面を開くと、状態の項目にレイナは指先を構える。リル達にはレイナが空中に向けて指先を動かしているようにしか見えなかったが、直後にリルの右手が光り輝く。



「リル様、その手は!?」

「こ、これは……!?」

「おおっ……治っていく」



リルの右手の火傷が光り輝いたかと思うと、光の粒子が包み込み、やがて完全に火傷が消え去った。その様子を確認したチイとネコミンは心底驚いたように髪の毛に隠していた獣耳を逆立てしまう。


治療を受けたリルの方も掌を確認して火傷が跡形もなく消え去った事に呆然とすると、試しに何度も開いたり握ったりするが、痛みが全くない。


完璧に火傷の痕跡を消す事に成功したレイナの方も安心した表情を浮かべ、状態の項目を「健康」と変化させればどのような傷であろうと完治する事が改めて確認する。もしかしたら今後、足や腕などの身体の一部がなくなったとしても再生する事も出来るかもしれない。



「これは……凄いな、完璧に元通りだ」

「ほ、本当に治るなんて……治癒魔導士ですらお手上げの傷だったのに」

「凄い……」

「いや、治ってよかったです。じゃあ、今日の所は夜更けなのでそろそろ戻った方が……」

「待て!!」



無事に怪我を治した事を確認すると、レイナは3人に部屋へ戻る事を勧めようとした時、チイが獣耳を動かしながら窓の方へ急ぐ。


いったい何事かとレイナは戸惑うと、彼女は窓から見える景色を見て警戒した表情を浮かべ、冷や汗を流しながらもレイナに告げる。



「……兵士だ。宿の前に兵士が集まっている」

「え!?兵士!?」

「まさか、我々の存在に気付いたのか?いや、しかし……」

「とにかく、耳は隠した方が良い」



宿屋の前に兵士が訪れた事を確認したチイは急いでカーテンを閉めると、獣耳を髪の毛の中に隠す。そしてリルは扉の前に移動して耳を立てると、下の階から大勢の足音が響いている事に気付く。



「下から上がってくる、念のために君は隠れた方が良い」

「隠れるって……」

「ベッドの下に隠れろ!!我々が上手く誤魔化す!!」



チイがベッドの下を示すと、レイナは言われるがままに身を隠し、すぐにネコミンがシーツを掛けなおして隠す。


足音が部屋の前まで響くと、4人は緊張した面持ちになるが、すぐに足音の主は隣の部屋の扉を叩く音が響く。



『お客様!!お客様はおられますか!?』

「この声は……宿屋の主人か?」

「私達の部屋を叩いている?」

「一体、何の用だ?」



どうやら足音の主の目的はレイナではなく、彼女の隣の部屋を借りているリル達に用事があるらしく、疑問を抱いたリルは二人にレイナを守るように指示すると自分一人で扉を開く。



「どうした?何の騒ぎだ?」

「あれ!?お客様、そちらの部屋へ居られたのですか?」

「ああ、ここの宿泊客と少し顔見知りでな。まだ本人は戻っていないようだが……何かあったのか?」



宿屋の主人がリルが隣の部屋にいた事に驚くが、彼の傍に控えていた兵士達はリルを確認すると、神妙な表情を浮かべて隊長の男が前へ出る。



「冒険者集団「銀狼隊」とお見受けする。貴女が銀狼のリーダーで間違いないか?」

「……ああ、間違いない。私達に何か用か?」



銀狼という名前を口にした兵士にリルは表情を一変させ、彼等がここへ訪れた理由を尋ねる。ちなみに「銀狼隊」という名前はリル、チイ、ネコミンの3名が結成した「冒険者集団パーティ」の名前である。

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