第35話 手袋の理由
「さっきも言った通り、この国を実質的に支配しているのはウサン大臣だ。だからアリシア皇女が戻り、君の無実が証明されたとしてもヒトノ帝国が君をまた快く迎え入れるとは限らない。むしろ自分の立場を危うくしかねない君をウサンが放置すると思うか?」
「あ、そっか……戻れたとしても命をまた狙われたら困るな……」
リルの言葉を聞いてレイナは思い悩み、確かに彼女の話が事実だとすればウサンが想像以上に厄介な人物だと判明した。
当初の計画ではアリシアが大迷宮から帰還した後、自分がアリシアを殺して聖剣を奪ったのではない事を知らせれば冤罪も晴れて他の勇者とも再会できると思っていた。
しかし、ウサンが帝国の実権を握っているとしたら無実を証明したとしても、冤罪で危うく処刑されそうになったレイナ(レア)が自分に恨みを抱いているかもしれないと考え、他の方法でレイナを早急に始末するだろう。他の勇者ならばともかく、ウサンはレイナの能力が「文字を変える事しか出来ない役立たずの能力」だと思い込んでいる時点で彼女を生かす理由がない。
仮にレイナが自分の能力の本当の力を明かしたとしても、その場合はレイナを利用してあらゆる道具を制作させ、他の勇者の補助や帝国の戦力強化させるだろう。どちらにしろ他の勇者と同様に戦争に利用される未来しか待っておらず、能力の秘密を明かそうと明かすまいとレイナに碌な未来はない。
「けど、帝国に戻らないと他の勇者も心配だし……それに元の世界へ帰る方法が分からない」
「それはどうかな、勇者の件はともかく、さっきも言ったように帝国には勇者召喚に必要な転移石はないと言っただろう?奴等はもうお前等を元の世界へ戻すつもりはないぞ」
「そういえばそうだった……なら、これからどうしよう。あ、そうだ!!転移石を俺の能力で作り出せば……」
「君の「加護」の力とやらで仮に転移石を作る事が出来たとしても、ウサンが素直に勇者たちを返すと思うのかい?」
「ですよね~……」
転移石を素直に渡しても帝国が勇者の帰還に協力してくれるとは思えず、仮に転移石を文字変換の能力で作り出したとしてもレイナでは使用法が分からない。
このまま帝国に残っても命が危うく、かといって地球へ戻る方法も分からず、八方塞がりかと思われた時、リルがレイナにある提案を行う。
「実は私達の国にも過去に勇者を召喚した事がある。その勇者達は当時のケモノ王国の問題を解決した後、自力で戻ったという記録が残っているよ」
「え!?それ、本当ですか!?」
「ああ、嘘じゃない。歴史書に記載される程に有名な話だからな」
「そういえば確かに御伽噺でそのような話を聞いたことがありますが、それは本当だったんですか?」
「おおっ、初耳……いや、初猫耳」
「いや、何で言い直したんだネコミン……」
ケモノ王国でも過去に勇者召喚が行われ、しかも勇者たちが地球へ帰還したという記録が残っているらしく、リルはレイナが帝国へ戻るぐらいならば自分達の国へ来て欲しい事を伝える。
「もしも君がうちの国に協力してくれるというのであれば、必ず元の世界へ戻す方法を見つけ出そう。だからどうだい?僕達と一緒にケモノ王国へ行かないかい?」
「え?けど……」
「リル様!?本気ですか!?本当にこの女の話を信用なさるんですか!?」
「私は別にどっちでもいい」
リルの言葉にチイは驚愕し、ネコミンの方は特に反対する気はないのかリルの判断に従う。だが、チイだけはレイナをケモノ王国へ連れて行く事を反対した。
「リル様、この女は得体が知れません!!自分の事を勇者と言い張り、しかも年齢も性別も変える事が出来る勇者など今までに聞いた事もありません!!もしもこの女の言葉が全て嘘言だとしたらどうするんですか!?」
「それはない、この人の話に嘘の臭いは感じなかった」
「……と、ネコミンが言っている。だから彼女の話を私は信じた。それともチイはネコミンの鼻が信用できないのか?」
「し、しかし……」
嘘を見抜くの能力を持つネコミンが心外だとばかりに鼻を鳴らすと、レイナはともかく彼女の事は信頼しているチイも何も言えず、さらにリルはレイナが勇者であるという証拠を見せる。
「レイナ君、いやレア君でいいのか?」
「あ、どっちでも好きに呼んでください」
「そうか、なら今は女の姿だからレイナ君と呼ばせてもらうよ。君は私が初めて会った時、君の所持していたフラガラッハを持ち出した事を覚えているかい?」
「え?ああ、そういえば……」
レイナはリルの言葉を聞いて襲撃を受けた日の事を思い出し、あの時はリルに殺されかけ、しかも文字変換の能力で最初に作り出した「フラガラッハ」が奪われた。しかし、ここでレイナはある疑問を抱く。ウサンは聖剣を扱えるのは聖剣の正統な所有者のみだと告げていた。
実際にフラガラッハと同様に聖剣である「アスカロン」を作り出して間もない頃、レイナはゴブリンにアスカロンを奪われそうになった。だが、地面に落ちたアスカロンをゴブリンが先に拾おうとした時、アスカロンの柄に触れただけでゴブリンは灼熱の炎に飲み込まれ、消し炭となった。
この事からレイナは聖剣が所有者以外の存在に触れると何らかの「拒否反応」を示すと思っていたが、どうしてリルはフラガラッハを拾ったときに何も起こらなかったのかと疑問を抱くと、彼女は右手のみに装着していた手袋を取り外して見せつける。
「これが証拠だ」
「それって……火傷ですか?」
「ああ、数日前に出来た傷だ」
リルの右手には火傷の痕跡が残っており、彼女が右手だけ手袋を付けていた理由はこの火傷を隠すためだったらしい。リルはこの火傷を何処で負ったのかというと、時は彼女が勇者の暗殺を試みた日にまで遡る。
「この火傷は私が君が作り出したフラガラッハを奪ったときに出来た傷だ。最初に君を襲ったとき、私は聖剣を持って行った事は覚えているか?」
「え?でも、あの時は……」
「聖剣は明確に攻撃の意思を宿していない状態で握り締めても反応はしないんだ。だから他の人間でも聖剣を使って攻撃をするという強い意志を持たなければ聖剣に拒まれる事はない」
レイナはゴブリンがアスカロンを握り締めた時に炎で焼かれた時の事を思い出し、確かにあの時のゴブリンはレイナに対して明確な殺意を抱き、武器を奪おうとしていた。
だからこそ聖剣に拒否され、焼き尽くされた。しかし、リルの場合は聖剣を奪ってもレイナに攻撃を終えた後なのでそこに攻撃の意思はなく、そのまま聖剣を持ち去る事が出来たという。
「この痣が出来たのは二人目の勇者、つまりは魔法の勇者を殺害しようとした時だ。あの時、私の短剣は刃毀れを起こしていた。だからこそ用心のためにこちらの剣で攻撃を仕掛けようとした時、柄の部分が発熱して火傷を負ってしまった。もしもあのまま握り続けていたら私の右手は焼き付くされていただろう」
「なんと痛々しい……!!」
「……この火傷、回復薬や回復魔法でも治せない」
リルの右手の火傷を見てチイは悲痛な表情を浮かべ、ネコミンも申し訳なさそうな表情を浮かべる。どうやら聖剣で出来た傷跡は簡単には治らないらしく、自然回復を待つしかないらしい。今の所は日常生活に不便はないが、見た目が酷いので他の人間に気付かれないように手袋をしていた。
雛が殺されかけた時、現場に落ちていた聖剣に付着していた血液に関しては、彼女が短剣を突き刺された時に偶然にも血飛沫が聖剣に付着していたらしい。
実際に犯行に使われたのは短剣一つであり、リルは短剣のみで城の兵士を十数名も負傷させ、二人の勇者の殺害に成功しかけた事になる。
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