第33話 ケモノ王国

――ゴブリンがいつ現れるかもしれない街道から離れたレイナたちは抜け道が存在する大きな建物へ戻り、瓦礫に腰かけてお互いに向かい合う。


ちなみにこの建物の周辺にゴブリンが現れないのかとレイナは心配していたが、3人の話しによるとこの建物の周囲には魔物が近寄らないように細工が施されているという。



「この建物の四方には「魔除けの石」と呼ばれる魔石が埋め込まれている。力が弱い魔物は通さない不思議な力を持つ鉱石が埋め込まれているからゴブリンやホブゴブリン程度では近づく事も出来ない」

「へえ、そんな物が……」

「というより、魔除けの石を知らないお前は何なんだ?こんなのは常識だぞ……」

「チイ、言葉が過ぎるぞ」

「そういう事は、思ってても言わない」



魔除けの石の存在を知らなかったレイナにチイは呆れた表情を浮かべ、どうやらこの世界では常識な知識らしく、迂闊にこれ以上のぼろを出さないためにレイナは話を戻す。



「じゃあ、まずはお互いの自己紹介をしましょう」

「やはり、私達の本当の正体は知らなかったのか?」

「まあ、そういう事になりますね」



隠しても仕方がない事なのでレイナは素直に認めると、リルは頷いてまずは改めて自分達の名前から語る。



「私の名前はリル、こちらの二人は私の護衛騎士を務めるチイとネコミンだ」

「……チイだ」

「ネコミンと呼んで」

「リルにチイにネコミンか……なら、俺の名前は……えっと、レイナだよ」



危うく本名を名乗りそうになったがレイナは慌てて言い直し、今は勇者だと知られるのはまずいと判断して咄嗟に偽名を名乗る。


レイナの反応にネコミンが一瞬だけ鼻と耳をぴくりと動かすが、リルは彼女の変化に気付かずに自分達の正体を話す。



「私達はケモノ王国から訪れた使者だ。帝国へ用事があって訪れたが、実際の所は召喚された勇者を調べるためにこの地へやってきた」

「え、使者?という事はもしかして……他国のお偉いさん?」

「失礼な!!この御方はケモノ王国の第一王女であるリル様だ!!」

「第一……王女!?」



まさか他国の王女様であるという言葉にレイナは驚き、チイを宥めてリルは改めて自分の名前のフルネームを伝える。



「私の本当の名前はリルル・ウォン、父親はケモノ王国の現国王にして大将軍でもあるガル・ウォンだ。私はケモノ王国の王女として同盟国であるヒトノ帝国へ使者として訪れている」

「一国の王女様が使者として派遣されるなんて……一体何の用事で?」

「我々の国では回復薬の素材になる薬草の大量栽培を行っている。ヒトノ帝国は領地は広大ではあるが、我々の国ほどに土地は肥えていない。だからヒトノ帝国には毎年に大量の薬草を送り込み、その代わりにヒトノ帝国から金銭を受け取っている」

「なるほど……けど、その使者がどうして勇者の命を狙ったんですか?」



彼女達の正体を知ったレイナは同盟国であるヒトノ帝国が召喚した勇者達の命を狙ったのかが分からず、どうして彼女達が危険を犯して勇者を狙ったのかを問う。返答によってはレイナは他の3人のクラスメイトを守るために戦う決意を抱く。


レイナの目つきが鋭くなり、彼女の鬼気迫る気迫を受けて3人は冷や汗を流し、リル達にとってはレイナは得体の知れない能力を持つ恐ろしい相手に見えていた。


何もない場所に指先を動かしただけで人間を動かなくさせ、更に石ころを謎の薬に変化させて渡してきたり、得体のしれない能力を持つレイナに対してリル達は刺激しないように言葉を選ぶ。



「我々が勇者を狙った理由、それはヒトノ帝国からケモノ王国を守るためだ」

「守る?同盟国なのにどうして?」

「確かにケモノ王国とヒトノ帝国は長きにわたる同盟を結んでいる。しかし、同盟を結んでいるからといって両国の関係が上手く行っているわけじゃないんだ。ケモノ王国は薬草の栽培を行ってはいるが、ある年に異常気象が起きて栽培地に大きな被害が出た。だからケモノ王国は薬草を例年通りの量では渡せないとヒトノ帝国に通達したのだが、それに不満を抱いたヒトノ帝国が軍隊を派遣させようとした事もある」

「ヒトノ帝国の人間はケモノ王国の私達の事を嫌っている。あの人たちがケモノ王国と同盟を結んでいるのは薬草のお陰、だけどケモノ王国の方も薬草が取れる量が年々減少している……」

「近年、世界中で出現する魔物の量が増加の経過を辿っている。そのせいで薬の素材となり得る薬草の類はいくらあっても足りない。だから広大な領地と民衆を抱えているヒトノ帝国としては大量の薬草を確保したいのだろうが、生憎とケモノ王国も魔物の被害を受けていて薬草を必要としている。本当なら他国に輸送する余裕などないが、同盟のためにケモノ王国は薬草を移送しなければならない」



ケモノ王国とヒトノ帝国は同盟を結んでいるといっても、実際の所は帝国が王国で栽培されている薬草だけが目的らしく、ケモノ王国と友好な関係を築きたいというわけではないらしい。


その話を聞いてケモノ王国とヒトノ帝国が複雑な関係である事は分かったが、それでどうして勇者が命を狙われるのか分からなかったレイナは質問する。



「ヒトノ帝国がケモノ王国をぞんざいに扱っているのは分かりました。けど、だからって何で無関係の勇者の命を狙ったんですか?」

「……勇者は恐ろしい存在だ。過去に召喚された勇者は数々の偉業を成し遂げたが、同時に恐ろしい存在としても語られている。ヒトノ帝国は元々は東方に存在する小さな国にしか過ぎなかった。しかし、異界から召喚された勇者の力を借りて周辺諸国を攻め込み、支配下に加えて現在の帝国が誕生した事は知っているだろう?」

「う、うん……常識だね」

「……?」



リルの言葉にレイナは動揺しながらも頷き、まさか過去に召喚された勇者が戦争にも加担していたという話に内心は驚くが、彼女によるとこれまでの歴史上で召喚された勇者の殆どはヒトノ帝国で召喚されたらしい。帝国は勇者の力を利用して領地を拡大化させ、大国にまで成り上がった。


召喚された勇者は普通の人間には備わっていない「加護」と呼ばれる特殊能力を持ち、彼等はその力を駆使してあらゆる偉業を成し遂げ、同時に世界の国々に恐れられた。その結果、ヒトノ帝国に逆らう存在はいなくなり、世界一の強国へと発展したという。



「帝国は魔王軍と呼ばれる存在が領地内で出現し、その対処のために勇者を召喚したと触れ回っているが、事実は違う。実際に私達は帝国へ斥候を送った結果、確かに魔王軍という組織は実在したが、それを裏で操っているのは帝国の関係者だと判明した」

「え?じゃあ、帝国は……」

「そう、魔王軍の復活なんて大嘘だ!!奴等は自作自演で勇者召喚を行う理由を作り、再び他国へ侵攻するための戦力強化のために勇者を召喚したんだ!!」

「チイ、落ち着いて……まだ、そうと決まったわけじゃない」

「いいや、その通りに決まっている!!我々の調査の結果、魔王軍を名乗る輩を操っているのはウサンである事は突き止めた!!奴が勇者召喚の発案者である事もな!!」

「ウサンが……!?」



レイナはチイの言葉を聞いて驚愕し、まさか帝国領地で暴れている魔王軍と呼ばれる存在がでっち上げで、裏でウサンが手を引いていると知って動揺する。


だが、もしもその話が本当だとしたらレイナ達はヒトノ帝国に利用された事になり、勝手に呼び出しておいてしかも自分達の国の戦争に巻き込ませようとしている事にレイナは無意識に拳を握り締める。



(ウサンの奴め……)



ますますウサンに対してレイナは怒りを抱き、リル達の話が事実だった場合、彼女は絶対にウサンを許さない事を決めた。

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