第32話 侵入者の正体

「待ってくれ、まだ、話したいことがあるんだ」

「……こっちにはない」



呼び止められたレイナだが、これ以上の面倒ごとは避けるために早急に立ち去ろうとすると、リルは自分が身に着けていた剣をレイナの元へ放り投げる。


反射的にレイナはリルが投げた剣を受け取ると、彼女は両手を上げた状態で立ち上がった。その様子を見て他の二人は驚き、どうやら二人にとってもリルの行動は予想外らしい。



「そう言わずに私の話を聞いてほしい。こちらは君に危害を加えるつもりはない、約束する」

「リル様!?一体何を……」

「君たちも彼女に武器を渡すんだ、早くするんだ」

「……分かった」



リルの言葉に他のチイは驚愕するが、ネコミンの方はいち早く反応して自分の所持していた杖を放り込む。慌ててレイナは杖を受け取ると、残されたチイは二人の行動に何か言いたげな表情を浮かべるが、渋々と自分の短剣もレイナの足元へ放り投げる。


3人が武器を手放すとレイナは困り果て、一応は武器を地面に置いて3人と向き合う。リルは彼女の行動を自分と話し合う気になったと判断し、両手を上げた状態で話しかけてきた。



「君はさっき、私達の正体を知っているといったが、実際の所は私達が何者であるのかまでは知らないんだろう?」

「……帝城に乗り込んで、勇者の命を狙う侵入者という事ぐらいしか」

「確かにそれは事実だ。だが、私達の言い分を聞いてほしい!!」



レイナとしては自分を殺しかけた相手の言い分など聞きたくもないが、状況的に話を聞かなければならない流れとなっており、仕方ないので黙って頷く。


その反応を見て話し合いを承諾してくれたと判断したリルは安心した表情尾を浮かべ、改めて話の続きを行う。



「その前に貴女の事も聞かせて欲しい。さっき、貴女は城で私を見たというが、私の方は貴女に見覚えはない。仮に帝国の人間だとしたら、どうして私が侵入者である事を他の人間に話さなかったんだ?」

「俺は……帝国の人間じゃない。勇者の……知人だ」

「知人……つまり、帝国の軍人じゃないと?」

「違う」



リルの言葉にレイナはきっぱりと否定を示し、帝国の関係者である事は否定しないが、決して帝国の味方ではない事を告げた。


勝手に自分を呼び出しておいて物置部屋のような小部屋へ放り込み、更に冤罪で自分を処刑しようとした帝国の対応にレイナは怒りを抱いている(最もあくまでもレイナを冷遇したのも処刑しようとしたのもウサンの仕業なのだが)。


帝国に所属するわけではないと言い切ったレイナの言葉を聞いてリルは何故かネコミンの方を振り向き、彼女は黙って頷く。その二人の反応にレイナは不思議に思うが、リルは話を続ける。



「では、貴女が帝国の人間ではないというのならどうして私が勇者を襲ったときに姿を現さなかった?あの時、確かに私は二人の勇者を殺害しようとした。だが、貴女の顔に見覚えはない……はず」



顔に見覚えがないという点に関してはリルは言葉を濁し、彼女はレイナの顔を見て違和感を感じる。何処かで似たような顔を見たような気がするのだが、思い出す事が出来ない。しかし、そんな彼女の言葉にレイナは言い返す。



「その二人の勇者を救ったのが俺だ」

「何だって!?」



正確に言えば女性になる前の自分と雛の命を救ったのがレイナだが、二人の命を救ったという点は嘘ではない。


レイナ自身も雛も致命傷を負い、あの時にレイナが早急に治療を施さなければ二人とも死んでいた。なのでここはリルが殺そうとした相手が自分である事を黙って話を通す。



「さっき、貴女の身体を動けなくしたように俺はある方法で人間の怪我を治す事が出来る。魔法とはちょっと違うと思うけど……」

「そんな方法が……いや、だが確かにあれほどの致命傷を負わせて二人が死ななかったと考えると貴女の言葉が嘘ではない、か。あれだけの深手ならば回復魔法も回復薬も使用しても助からないはずなのに生きていると聞いて疑問を抱いていたが……」

「え?魔法で蘇生とかは出来ないの?」

「そんな伝説の回復魔法は勇者ぐらいしか使えないに決まっているだろう!!」

「うんうん」



リルの言葉を聞いたレイナは素に戻って反射的に聞き返すと、チイとネコミンが口を挟む。どうやらこの世界では致命傷を追うと回復魔法や回復薬でも治療は不可能らしく、しかも死んだ場合はゲームのように生き返らせる魔法も勇者ぐらいしか扱えないという。


もしもレイナが文字変換の能力を備わっていなければ本当に自分が死んでいたと理解して一気に頭が冷え、これまでの自分の行動を顧みてなんと無謀な事をしていたのかと肝が冷えた。



(もしかしたらこの世界はゲームのような物で、死んでも生き返る方法があるんじゃないかと思っていたけど……本当に死んだら終わりなのか)



ステータス画面が見られる事からレイナはここがゲームの世界だと心の何処かで錯覚していた事を自覚し、改めてここが異世界であっても現実である事に変わりはない事を思い知る。


レイナの質問に対して3人組は違和感を覚え、子供でも知っている常識を尋ねてきた事に疑問を抱きながらもリルは話の続きを行う。



「先日、勇者の一人が指名手配された事に関して貴女は何か知っているか?私が殺したと思っていた彼の手配書が市中に出回るようになってから不思議に思っていたが、もしも生きているというのであればどうして彼は犯罪者のように指名手配されたのか気になってたんだ?」

「それは……まあ、色々と誤解があったというか、分かりやすく言えばウサンのせいかな」

「ウサンというと、大臣の事か?」



ウサンの名前を出すと3人の目つきが鋭くなり、彼女達の反応にレイナは戸惑うが、リルは苛立ちを隠せない様子で腕を組む。



「なるほど、脱走した勇者の件はウサンが何か関わっているという事か……それなら、彼は無事なのか?」

「……殺そうとした相手の心配を普通する?」

「それを言われると痛いが……正直、勇者たちには悪い事をしたと思っている。彼等はこの世界に召喚された何の罪もない子供というのは理解している。私達も目的のために彼等を殺そうとしたのは悪いとは思っているんだ……」

「仕方がない事だったんだ……」

「……かわいそうとは思ってる」



彼女達の言葉は嘘ではないのか獣耳が萎れ、どうやら勇者に手を掛けた事に関してはリルも思うところはあるらしく、そんな彼女達の表情を見てレイナはあの夜の出来事を思い出す。



(そういえばこのリルという人、俺を殺そうする直前に謝罪もしてたよな。襲われた兵士や使用人の人達も怪我は追っていたけど、死んだ人はいなかったはずだし……さっき、自分の国を救うためとか言っていたけど、何か訳ありなのかな?)



リルがレイナ(レア)と雛を殺そうとした事は事実だが、話してみると冷酷な殺人鬼とは思えず、子供である勇者を殺そうとした事に後悔の念を抱いている様子だった。それにウサンに関して彼女達も何か因縁のような物を感じられ、レイナは考え込む。


流石に正体をばらして自分があの時に襲われた勇者と名乗るわけにもいかず、かといってここまで事情を聞いておいて立ち去るのも何なので、レイナは適当に誤魔化す事にした。



「貴女が殺そうとした勇者は無事だ。私が居場所を知っているし、他の誰にも手出しをさせない」

「本当か!?そうか、生きているのか……良かった」

「次はこっちの質問、あの禿頭のくそ野郎……いや、う〇こ野郎の大臣と君たちはどういう関係?」

「おい、言い直しても結局は悪口になってるぞ……まあ、気持ちは分かる」

「確かにあのおじさんは最低のゴミクズ野郎だった」

「こら、言葉汚いぞ二人とも!!君も女の子がう〇ことか言わない!!めっ!!」

「あれ、お母さん?」



まるで母親のように悪口を叱りつけるリルにレイナは先ほどまでの彼女達の印象が変わり、とりあえずはこのような場所で立ち話も何なので、一先ずは廃墟街を抜け出す事にした。

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