第16話 脱出開始

(よし、行くか……いや、待てよ。本当にこれでいいのか?)



脱出のための準備は整ったと判断したレアだったが、扉を開く寸前で思い留まる。本当に今の状態で城を抜け出す事が出来るのかを考え、念のためにもう一度だけステータス画面を開いて確認を行う。



(俺が覚えた技能は全部脱出を考えて習得した能力だ。けど、よくよく考えれば文字変換の能力が戻ったのならもっと能力を覚える事は出来る。焦るな、慎重に行動しないと本当に殺されるぞ)



自分自身を言い聞かせるようにレアは「能力一覧」を開き、他に脱出に役立ちそうな能力を探し出す。


すると、能力の項目の中に他の人間の気配を感知する「気配感知」さらに握力を強化させる「握力」ついでに跳躍力を強化する「跳躍」という能力を見つけ出す。



(他の人間の気配を感じとる能力か……握力強化の方は城壁を伝って抜け出すときに便利そうだな、覚えておくか)



文字変換の能力を発動させ、レアはSPを増加させると続けて2つの能力を習得する。これで文字変換できる文字数は「7文字」になってしまったが、どちらも覚えておいて損はない能力だと判断し、今度こそ脱出のために動き出す。


牢獄の扉を抜けると螺旋階段を発見し、どうやら自分が城内の地下牢に閉じ込められていた事を知ったレアは「気配感知」の能力を発動させて階段を上がる。


やがて大きな扉の前に辿り着くと、扉の隙間から風が流れ込み、外へ繋がっている事に気付く。だが、扉に触れようとした瞬間にレアは外側から二人の人間の気配を強く感じ取った。



(……駄目だ、この扉の外にはきっと兵士が2人見張っている。ここからは抜け出せない……となると、上に登るしかないか)



階段はまだ上に続いている事を確認したレアは移動を行おうとすると、不意に上の階段から足音と人の気配を感じ取り、咄嗟にレアは身を隠そうとしたが生憎と隠れられる場所は存在しない。


急いで下の階段を下って牢獄へ戻る事も考えたが、足音の主が牢獄まで訪れたらどの道見つかってしまう。



(やばい!!どうする!?隠れられる場所なんて……あっ!?)



天井に視線を向けたレアは「跳躍」の技能を発動させて勢い良く飛び込み、天井へ両手を伸ばして張り付く。先ほど覚えた「握力」の効果でどうやら握力が最大限に強化されているらしく、どうにか天井へ張り付く事に成功した。


しかし、天井の僅かな凹凸に指の力だけで張り付く行為はかなりの体力を消耗し、必死にレアは落ちないようにしがみつく。



「ふうっ……夜勤は辛いな」

「文句を言うなよ、ウサン大臣に聞かれでもしたら解雇されるぞ」

「だな……それにしてもあの文字の勇者の奴が侵入者の正体だって本当なのかな?」

「さあな……」



上の階段から兵士が二人出現し、そのままレアの存在に気付かずに扉を抜け出す。その様子を確認したレアは安堵すると、指を離して音もなく床に着地する。


どうやら無音歩行の技能のお陰で着地の際も足音が鳴らず、跳躍の能力を組み合わせるとかなり便利な能力だと判明した。



(ふうっ……腕が痛いけど、ダガンさんの訓練のお陰で体力が身に着いている。これならいけそうだな)



地獄のようなダガンの訓練の日々は無駄ではなかったらしく、以前よりも体力が身に着いていた事でレアは十数秒ほど天井にしがみついても額に汗を流す程度の疲労しか感じられず、この調子なら問題なく城の外へ脱出するまで技能を維持し続ける事が出来ると確信する。


ダガンに心の中で感謝しながらもレアは兵士達が下りてきた上の階段を見つめ、このまま進むべきか悩む。だが、扉の外に見張りの兵士が立っている以上は先に進むしか道はなく、レアは階段を上がった



(ここは……なるほど、城を取り囲む城壁の上に出たのか)



階段を登りきると、どうやらレアは城を囲う城壁の地下に閉じ込められていた事が発覚し、城壁の通路には複数人の兵士の姿が確認した。


身を隠しながらレアは様子を伺うが、一番近くにいる兵士でさえも20メートル以上は離れており、この距離ならば姿を見られても「隠密」の技能の効果で気付かれる事はないと判断したレアは城壁の通路に身を乗り出す。


念のために体勢を低くして兵士に見つからぬように用心し、城壁の外の様子を伺う。判明した事は城壁の高さは20メートル程、更に城壁の周囲には大きな水堀が存在した。そして水堀の向こう側には城下町らしき建物が並んでいる事をレアは確認する。



(……ここからだと城下町が見えるな。この風景を見ると、本当に異世界へ来たんだな俺……いや、今は感傷に耽っている場合じゃないか)



城壁を降りる事に関しては先ほどのように「握力」の技能を利用すれば壁にしがみついて降りる事はそれほど難しくはない。


だが、問題があるとすれば水堀の周囲にも兵士が巡回を行っており、もしもレアが城壁から水堀に飛び降りるときに水音を聞かれる可能性はある。



(くそ、どうする……ここを抜けさえすれば自由になれるのに……)



城壁の下が水堀ではなく、地面だった場合は「無音歩行」の技能で音も立てずに着地できたが、下が水面の場合は無音歩行の技能も働かない。


運が良かったのは城の周囲を巡回する兵士の数は多くなく、隙を見つければ城壁から下りるまでは気付かれる恐れはない。だが、水堀に落ちてしまえば流石に兵士達に気付かれてしまうだろう。


城壁に隠れていても兵士に見つからない保証はなく、レアは判断に迫られる。危険を承知で城壁から下りて水堀に潜り込み、外へ脱出するか、あるいは他の脱出路を見つめるか、判断に迫られたレアは思い悩む。



(……待てよ?この方法ならいけるんじゃないか?)



しかし、ここでレアは水堀を確認してある方法を思いつき、懐にあった「鍵」を取り出す。この鍵はレアを閉じ込めていた牢の鍵であり、牢獄から抜け出す際に捨てるのを忘れていた。


こちらの鍵を使えば上手く脱出の道具に使えるかもしれないと判断したレアは解析の能力を発動させ、持ち出した鍵の詳細画面を開く。



「解析」

『鍵――鋼鉄製の鍵。ヒトノ帝国の帝城の地下牢の鍵』



解析の能力を発動させて文字数を確認して問題ない事を確認すると、レアは兵士の巡回の隙を伺い、城壁を伝って脱出を開始する。


事前に「握力」の技能を習得していた事が幸いし、しかも「腕力強化」と「速度強化」のお陰で腕と足の筋力も増強されていた事が幸いし、無事に兵士に見つかる事もなく城壁を降りて水堀の付近まで辿り着く。



(よし、上手く行け!!)



片手で壁にしがみ付いた状態のままレアは鍵を取り出して解析の能力を発動させ、文字変換の能力を発動させて水面に鍵を翳す。すると、鍵が光出して徐々に形を巨大化させ、やがて水堀の上に対岸まで続く「橋」が誕生した。



(やった!!)



水面に出現した橋の上にレアは降り立つと、急いで橋を渡り切って対岸へ移動を行い、即座に再び解析の能力を発動させて「橋」を元の「鍵」へと戻す。


再び橋が光り輝くと、水面に地下牢の鍵が浮き上がり、鍵を拾い上げるとレアは急いでその場を離れ、兵士達に見つからない内に城下町の方向へ駆け抜ける。



(まさか、こんなに上手くいくなんて……でも、ここからが問題だ)



脱出のためにレアは既に「5文字」を消耗してしまい、恐らく明日の朝には城を抜け出した事が城内の人間に知られてしまう。それまでにレアは身を隠す必要があり、まずは城下町へ向かう前にレアは準備を行う。



(……この方法、失敗したら取り返しがつかないな)



ステータス画面を開いたレアは冷や汗を流し、文字数を確認する。そして意を決した様に指先を伸ばし、文字変換の能力を発動させた――

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