城下町編

第17話 兵士の捜索

――翌日の早朝、レアからの返事を聞くために地下牢に降りたウサンは牢内で倒れている兵士の姿を発見して事態を把握し、即座に城内の兵士を総動員させてレアの捜索を行わせる。


現在、皇帝は他国との会談のために城内には存在せず、アリシア皇女も戻っていないので彼が城内で最も偉い立場の人間だった。


ウサンは城内を隈なく捜索させ、更にレアの手配書を用意させて城下町へ大量の兵士を送り込む。兵士達は住民に聞き込みを行い、レアの捜索を行う。


ちなみに手配書には「召喚された勇者の殺害容疑の犯人と記載し、捕縛した人間は生死に関わらず賞金を渡す旨も書かれていた。兵士達は真っ先に抜け出した人が多く集まる酒場や宿屋にて聞き込みを行い、帝城から最も近い宿屋に真っ先に兵士が赴く。



「失礼する!!この宿の店主は居るか!?」

「わ、私が主人ですが……どうかされましたか兵士様?」



数人の兵士が宿に入り込むと、慌てて宿屋の店主が駆けつけて応対を行う。店主に向けて兵士の一人が手配書を差しだし、事情を伝える。



「昨晩、城内に監禁していた囚人が脱走した!!この手配書の少年の顔に見覚えがあるか!?」

「脱走!?それはまた物騒な……しかし、特に覚えはありませんな」



手配書を見せつけられて店主は困った表情を浮かべ、兵士が持ってきた似顔絵を見ても少年の顔に覚えはなかった。


だが、この宿屋が帝城から最も近い宿であるため、もしも仮に脱走したレアが泊っているとしたらこの宿屋の可能性も高いため、兵士も念入りに調査を行う。



「では、昨晩に宿に泊まりたいと申し出た客はいるか?」

「ああ、それならば一人だけいますが……しかし、その方はこの手配書の少年ではありませんよ?」

「一応は確認する!!その者の部屋まで案内しろ!!」

「え?いや、しかし……」

「口答えするなっ!!早く案内しろっ!!」

「は、はい!!」



兵士達もレアを見つけ出さなければウサンから処罰を受ける可能性があるため、念入りに捜索を行う必要があり、昨夜の内に宿屋に泊まった人間全員を調べる予定だった。


宿屋の店主は兵士の命令には逆らえず、仕方なく客の部屋まで案内を行い、申し訳なさそうに扉をノックする。



「お客様、帝都の兵士様がお見えです。申し訳ありませんが、顔を出してくれませんか?」

「……返事がないな」

「まだ起きていらっしゃらないのかもしれません。お客様、お客様!!」



店主が扉をノックして話しかけるが、中から返事はなく、時間帯も早いのでまだ眠っているのではないかと店主は考えた店主は再度声を掛ける。それでも返事は戻らず、訝しんだ兵士の一人が扉を激しく叩く。



「おい!!我々は帝都の警備兵だ!!早く開けろ!!開けなければ扉を破壊するぞ!!」

「そ、そんな乱暴な……!!」

「ええい、お前は退け!!おい、聞こえているのか!?」

『……はぁいっ』



他の部屋にまで響く大声で兵士が怒鳴り散らすと、やっと部屋の中から返事が来ると、扉がゆっくりと開く。そして兵士達は部屋の中から現れた人物の姿を見て、目を見開く。




「……何か、私の顔に付いてますか?」




部屋の中から現れたのは綺麗な黒髪が特徴的な女性が現れ、年齢は20才前後と思われる。顔立ちは非常に整っており、黒真珠のような瞳、腰元まで伸ばした艶めく黒髪、大きく膨らんだ胸元、正に「黒髪美人」という言葉がぴったりの女性が姿を現す。


女性は寝起きなのか寝ぼけた眼で応対し、その姿は裸の上に大きなシャツを1枚だけ纏っている状態であり、兵士達は慌てて頬を紅潮させて顔を逸らす。女性も彼等の反応を見て自分の姿に気付いたのか、慌てて下半身を抑える。



「あ、すいません……眠る時、いつもこの恰好で失礼しました」

「い、いえ……」

「えっと……その、部屋にいるのは貴女だけですか?」

「はい、そうですが……?」



兵士の質問に女性は可愛らしく首を傾げ、そんな彼女の反応に兵士達は更に胸が高鳴り、見た目は大人の女性だが子供のような反応を示す彼女に頬が赤くなる。


しかし、念のために彼女以外の人間が部屋の中に隠れていないのか確かめる必要があった。兵士は先ほどとは態度が打って変わり、丁寧な言葉遣いで女性に伺う。



「そ、その……申し訳ありませんが、部屋の中を確認してもよろしいでしょうか?」

「はあ……すいません、それなら着替えた後でも構いませんか?流石にこの恰好は寒いので……」

「は、はい!!もちろんいいですとも!!」



女性の言葉に兵士は頷き、そんな彼等に女性は苦笑いを浮かべると扉を閉める。兵士達は店主に顔を向けると、彼は呆れた表情を浮かべていた。



「お、おい!!客が女性だと、どうして教えなかった!?」

「そういわれましても……私の話も聞かず案内するように言われたのは兵士様ですので」

「そ、そうだったな……あ~ごほん、もうそろそろいいですかな?」

『はい、中に入っても構いませんよ』



兵士が扉越しに女性に話しかけると、彼女は扉を開いて部屋の中に兵士をあっさりと部屋の中に招き入れる。


兵士達は部屋の中の様子を伺い、特に怪しい点がない事を確認すると、念のためにベッドの下やクローゼットの中を確認しても構わないのかを尋ねた。



「申し訳ありませんが、部屋の中を点検しても構いませんか?すぐに終わりますので!!」

「ええ、問題ないですよ」

「いや、すいませんね。本当にすぐに終わらせますので……」



先ほどまでの尊大な態度はどうしたのか、兵士達は女性に対して気遣い、早急に部屋の中の捜索を行って他に誰も居ない事を確認すると女性に捜索の協力をしてくれた事に感謝の言葉を告げる。



「点検が終了しました!!特に異常なし、ご協力ありがとうございました!!」

「いえ……あの、今からちゃんとした服に着替えたいので出て行ってもらえますか?」

「はっ……こ、これは失礼したしました!!では、我々はこれで失礼します!!」

「ご協力、ありがとうございます!!」

「お客様、失礼しました」



部屋の中から兵士達が慌てて抜け出すと、店主も丁寧に頭を下げて退室し、その様子を笑顔で見送った女性は扉を閉めると、全身から冷や汗を流して深いため息を吐き出す。


扉に背中を預けて「女性」は力が抜けたようにへたり込み、上手く誤魔化せた事に安心する。そして自分の手足や胸元を確認し、部屋の中に落ちていた手鏡を確認して自分の顔を覗き込む。



「あ、危なかった……ばれずに済んだ。それにしても……まさか本当にここまで上手くいくなんて驚いたな。それにしても我ながら、美人になったもんだな。モデルの母さんの血はしっかり継いでいたという事か……」



女性は自分の頬に手を押し当てながら鏡に映る自分の顔を確認し、胸元の乳房を掴む。そして自分のステータス画面を開き、内容を確認して頷く。



―――ステータス―――


称号:解析の勇者


性別:女性


年齢:19才


状態:健康


レベル:1


SP:60


―――――――――――



画面に表示された内容を確認した「レア」はため息を吐き出し、まさか文字変換の能力が「性別」と「年齢」までも変化させる事が出来るという事実に我ながら呆れてしまう――






――時刻は数時間前に遡り、無事に街にまで到着したレアはこのままの姿で街中に入るのは目立つと判断し、人気のない場所に移動してステータス画面に改竄を行う。色々と考えた結果、まずは外見を変化させるために性別と年齢の項目を変化させた。



『上手く行きますように……!!』



レベルや能力値を変化させた時の様に身体に激痛が走らない事を祈ってレアは改竄を行うと、身体が光り輝き、年上の女性の肉体へと変化を果たす。幸いにも今回は激痛は襲いかからず、無事に変化を果たす。



『おおっ……結構、美人なのかな?』



城下町に流れていた川の水面に映し出された自分の姿を見てレアは驚愕し、男の頃の自分の面影は少し残っているが、完全に女性の姿に変化していた。これなれば兵士に見つかったとしても正体が気付かれる恐れはなくなり、あとは衣服と金を調達するために行動を開始する。


今日の文字変換の能力の文字数は「3文字」しか存在せず、まずはレアは城から脱出したときに持ち帰った「鍵」を利用して資金の調達を行う。



『頼む、成功して!!』



解析の能力を発動させて鍵の詳細画面を表示した後、名前を「鍵」から「金」という文字へ変換させる。


正直に言えばこの文字だけでは現実世界の金銭や、あるいは金塊が現れるのではないかと不安を抱いたが、レアの願いが通じたのかこの世界の通貨と思われる「金貨」が出現した。



『これがこの世界のお金なのか……?いや、それよりも次だ!!』



金貨を拾い上げたレアは今度は道端に落ちている石をいくつか拾い上げ、解析の能力を発動させる。幸いな事にただの石ころでも解析の能力は発動するらしく、視界に画面が表示された。



『小石――何の変哲もない小石』

『説明文に悪意を感じる気がする……まあ、いっか』



表示された画面に指先を構え、色々と考えた末にレアは適当に名前を「衣服」と変換させると、小石が光り輝いて女性物の衣服へと変化を果たす。


どうやら曖昧な文字の場合でもレアが想像した物、あるいは最も欲している物が誕生する仕組みらしく、女性物のシャツとズボンに着替えたレアは古い衣服を処分するために川の中へ投げ捨てる。


これで完全に痕跡を消したレアは金貨を握り締め、ひとまずは城下町の宿屋を発見して宿泊を申し込む。幸いというべきか、レアが作り出した金貨は相当な価値を誇るらしく、金貨1枚で1週間3食食事付きの宿泊料を支払ってもおつりが出るほどだった。


どうにか宿に泊まることが出来たレアは安心して眠りにつくが、まさか朝から兵士が自分の部屋を尋ねるとは思わず、慌てて服を脱いで敢えて無防備な恰好で出迎える。


この作戦は上手く行き、露出が多いレアの恰好を見て兵士達は戸惑い、あまりレアを見ないように心掛けた。結果としては兵士達は女性に化けたレアの正体を見破る事はなく、そのまま立ち去った――

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