第12話 襲撃

――勇者が召喚されてから5日目、いつもならば夜まで訓練が行われるが、今日に限ってはダガンは用事があるらしく、夕方で訓練は切り上げられた。



「うん、皆も大分体力が付いてきたね!!特に霧崎君は今日は一度も気絶しなかったのが凄いよ!!他の二人も頑張ったね!!」

「はあっ……はあっ……ありがとうございます」

「なんか、大分訓練の方も慣れてきたよな」

「そうだね、最初の方はきつかったけど、今は慣れてきた気がする」



裏庭にて砂袋を背負った状態で匍匐前進の訓練を終えたレアは全身から汗を流して倒れ伏しているのに対し、茂と瞬は額に汗を滲ませる程度でレアよりも重い砂袋を抱えているにも関わらずに平気そうな顔をしていた。


やはり勇者としてのスペックは二人よりもレアの方が大きく劣るらしく、たった数日で茂と瞬の方はダガンの鬼のような訓練を乗り越えられる体力を身に着けていた。


レアの方も連日の訓練で最初の頃よりは体力は多少身に着いたが、それでも明らかに二人と比べると明確な差があった。ダガン曰く、生半可な体力では魔物と戦うわけにはいかせられず、最初の内に厳しい訓練を課す事で3人の体力の強化を行わせようとしているらしい。



「よし、本日の訓練はこれまで!!明日からは休憩時間も増やして本格的な戦闘訓練を行うよ!!じゃあ、僕は会議があるからこれで失礼するね!!」

「明日からやっと戦闘訓練か……よし、やるか」

「ああ、そうだな。霧崎君、大丈夫かい?」

「どうにか……」



瞬に手を貸してもらって立ち上がったレアはため息を吐き出し、帰ったらすぐに文字変換の能力を利用して肉体を回復させようと考えて二人と別れた。



「じゃあ、俺は一旦部屋に戻るよ……」

「あ、ああ……本当に大丈夫かい?」

「ほっとけよ、本人が平気だと言ってんだろ?俺たちは飯にしようぜ」



心配そうにレアを見送る瞬に対して茂は彼を連れて食堂へ向かおうとした時、廊下の方で慌ただしく兵士達が駆け回っている事に気付く。


何事かと二人は顔を見合わせると、兵士の集団が裏庭へ訪れて瞬と茂の顔を確認すると急いて駆けつけてきた。



「シュン様!!シゲル様!!こちらに居ましたか!!」

「緊急事態です!!すぐに御二人は避難してください!!」

「あ?どうしたってんだよ?」

「いいから早くこちらへ!!」

「ちょ、ちょっと!?一体何があったんですか!?」

「おい、話しやがれっ!?」



二人は無理やりに兵士達に連行されそうになるが、連日の訓練で勇者の中で最も能力値を伸ばした茂は兵士を突き飛ばし、理由を問う。



「おい、離しやがれ!!一体何だっていうんだ!?」

「うわっ!?ゆ、勇者殿落ち着いてください!!」

「うるせえっ!!一体何が起きたか言いやがれ!!」

「ぞ、賊です!!城内に、何者かが侵入した痕跡が……!!」

「賊!?」

「勇者様は一刻も早く避難してください!!賊が発見されるまでは我々と同行してもらいます!!」

「おわっ!?」



兵士は数人がかりで茂を抑えつけると、強制的に安全な場所へと避難させる。侵入者の目的が分からない以上、帝国にとっては大切な存在である勇者の安全を確保するのは当たり前の事である。




――だが、たった一人だけ勇者でありながら事情を知らず、また重要視されていないレアの元には兵士は赴かず、訓練を終えた後にレアは自分の部屋へ向かう。裏庭からレアの部屋はそれほど離れてはおらず、移動中に使用人や兵士が慌ただしく動いているのは確認したが、レアが話しかけようとしても誰も立ち止まらない。



「あの、どうかしまし……」

「退いてください!!急いでいるんです!!」

「今は邪魔しないでください!!」



兵士も使用人もレアが話しかけても邪見に扱い、そんな彼等の反応にレアは疑問を抱くが、仕方なく部屋の中へ戻った。


先ほどから城内が騒がしいのだが誰に話しかけても事情を教えてくれないので気にしても仕方ないため、レアはステータス画面を開きながら身体を休ませる。



「結構鍛えたけど、レベルに変わりはなしか……やっぱりちゃんと魔物を倒さないと上がらないか」



ステータス画面に表示されたレアのレベルは変わらず「1」を示し、毎回気絶するようなきつい訓練を受けているにも関わらず、レベルが上がる様子はない。レベルを上昇させれば自然と身体能力が強化され、場合によっては新しい技能を覚えられるという。


最もダガン曰く現在の訓練は身体を鍛える行為ではなく、魔物と戦うための「体力作り」の訓練らしい。勿論、戦闘技術を磨く意味もあるが、まずはレア達が最初に覚えないといけない事は身体を動かし続ける体力を身に着ける事らしい。



「さてと……今日も誰も部屋に入った様子はないな。佐藤や大木田の部屋は毎日使用人に掃除させている癖に……」



ベッドの下に隠したフラガラッハを取り出したレアはため息を吐き出し、この剣がベッドの下に存在する以上、この部屋には誰も入っていない事は明白だった。他の勇者の部屋は毎日のように使用人が手入れを行っているらしいが、レアの部屋には最初に毒性の花瓶が置く際に誰かが入った以降は誰も入った様子がない。


だが、逆にそれが功を奏して二日前に作り出したフラガラッハの存在は城内の人間には知られておらず、逆に運が良かったのかもしれない。



(やっぱり、この聖剣を隠し続けるのは不味いよな……けど、紫眠花の件もあるし、この国の人間の誰かが俺を殺そうとしているのは間違いない。多分、ウサンの仕業だと思うけど、身を守る武器は持っておきたい)



万が一の場合を考えてレアはフラガラッハを手放せず、ベッドの下に戻そうとした時、不意に扉が外側からノックされ、女性の声が響く。



『……勇者様、居られますか?』

「え?あ、はい。どうぞ?」



レアは扉の方から聞こえてきた声に対して不思議に思い、使用人か兵士がやってきたのかと思ったが、彼等は自分の事を「勇者様」とは呼ばない事を思い出す。基本的にこの国の人間は「勇者殿」あるいは「キリサキ殿」としか呼ばない。


ちなみに他の勇者に関しては全員が下の名前で呼ぶのに対し、レアの事を名前で呼ぶのは皇帝とアリシア程度である。


しかも聞こえてきた女性の声音は聞き覚えがなく、それに何処か緊張したような声である事に気付いたレアは不振に思い、フラガラッハを握り締めて扉から離れる。声の主は部屋の中から気配がする事を察したのか、突如として扉が外側から開かれると全身をフードで覆い隠した人物が入り込む。



「御命、御免!!」

「うわっ!?」



突如として部屋の中に入り込んだ人間はフードを翻すと両手で短剣を構え、レアに向けて刃を放つ。咄嗟にレアはフラガラッハを抜こうとしたが、剣を鞘から完全に抜け切る前に相手はレアの胸に突き刺す。



「ふぐぅっ!?」

「……すまない」



相手はレアの口元を手で塞ぐと、胸元に短剣を突き刺し、そのまま壁際まで追い込む。何が起きているのか分からないが、レアは反撃も防御もする暇もないほどに相手の動きは素早かった。


やがてレアが吐血すると、ゆっくりと力が抜けて倒れ込み、それを確認したフードの人物はレアから離れると短剣を引き抜く。



「これで一人目……次はあの娘だ」

「がはぁっ……げほ、げほっ!!」

「……すまない、君に恨みはないが……許してくれとは言わない」



侵入者は血を吐いて横たわるレアを見下ろすと、謝罪の言葉を残して部屋から抜け出そうとした。しかし、足元に転がっている「フラガラッハ」の存在に気付くと、侵入者は怪訝な表情を浮かべて拾い上げる。



「この剣は……?」

「ごほっ……か、えせっ……!?」



フラガラッハを拾い上げた侵入者はそのまま部屋からさろうとした。だが、残されたレアは胸元と口から血を流しながらも腕を伸ばす。


その様子を見た侵入者は死に賭けそうになりながらも自分を捕まえようとしているのかと考え、敬意を抱く。



「死を間近に迫っても立ち向かおうとするその気概……見事だ。君ならきっと、立派な勇者になれただろうが、許してくれ」

「くっ……」



最後にレアに対して敬意の言葉を残すと、侵入者は短剣とフラガラッハを握り締めて立ち去る。その様子をレアは黙って見送る事しか出来なかったが、彼の目的は侵入者を捕まえる事ではなく、視界に表示されたステータス画面に指先を近づけようとしていた。



(まだ、間に合う……届けっ)



文字通りに「最期」の力を振り絞り、必死にステータス画面の「状態」の項目に手を伸ばしたレアは「瀕死」という文字を「健康」へと文字変換させると、そのまま倒れ込む。


しばらくした後、レアの胸元の傷が光り輝き、地面に広がっていた血液も光の粒子と化して消え去ると、レアの意識が覚醒する。

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