第11話 文字変換の真の力

「よし、なら向日葵ならいけるかな?」



自分が一番好きな花の名前を思い出してレアは画面に打ち込むと、今回は文字変換が失敗する事はなく、画面が更新された。その直後、花瓶に差し込まれた紫眠花が光り輝き、別の形へと変化する。



「何だっ!?」



唐突に光を放った紫眠花にレアは驚いたが、数秒後に光が収まると、花瓶には向日葵が活けられていた。


名前を変化させた瞬間に変わり果てた花の姿にレアは戸惑いながらも腕を伸ばして確かめると、どうやら見かけだけが変化したわけではなく、確かに本物の向日葵に変化していた。



「解析」

『向日葵――地球という世界に生息する花の一種。種は食用にもなる』

「おおっ……説明文もちゃんと変化してる」



名前を変更させた場合は別の物体に変化を果たし、更に説明文も内容も切り替わったことを確認したレアは安心した表情を浮かべ、これで毒に殺される心配はなくなる。


もしも誰かが花が変わっている事に気付かれても適当に誤魔化せば問題はなく、再び毒草に入れ替えられていても同じ方法で別の花に入れ替えれば問題ない。


文字変換の能力の新しい使い道を発見したレアは眠気に襲われ、安心した事で今日は就寝する事にした。何者かが自分を暗殺しようと毒草を部屋に仕掛けた事は警戒しなければならないが、紫眠花は一週間は毒の鱗粉を味わわないと死に至る事はないため、本日中に殺される心配はないだろう。



(けど、油断は出来ないな……目を覚ましたら他の人に相談してみるか。となると、アリシア皇女や皇帝陛下か、ダガンさん当たりかな……)



恐らくは毒草を仕掛けたのはウサンだと思われるため、目を覚ましたら紫眠花の件を他のクラスメイトや皇帝やダガンに相談するべき考える。


城にアリシアがまだ残っていれば真っ先にレアは相談したかったが、彼女は大迷宮と呼ばれる場所へ向かったので何時戻ってくるのか分からない。



(今日はあと7文字か……7文字以内で変換が出来る道具……)



眠気に襲われながらもレアは考え事を行ってしまい、薄れかけていく意識の中、アリシアの事を思い出す。


こちらの世界へ来て唯一レアを他の勇者と同様に扱ってくれる彼女に対して感謝の念を抱く中、レアは彼女が身に着けている聖剣の存在を思い出す。



(聖剣……フラガラッハ……!?)



レアは眠気が吹き飛んで一気に身体を起き上げると、全身から冷や汗を流す。そして机の上の向日葵の花瓶に視線を向け、自分が今考えた事が本当に実践できるのではないかと激しく動揺した。


顔を手で抑えながらレアは落ち着こうとするが、もしもこの考えが成功した場合、レアの文字変換の能力はもしかしたら他の勇者の加護の能力を上回る凄まじい能力かもしれなかった。


周囲を見渡したレアは適当な道具を探すが、生憎と「6文字」の名前の道具はこの部屋には存在せず、現時点では実験は出来ない。だが、どうしても自分の考えが確かめたかったレアは意を決して立ち上がり、部屋の外へ抜け出す――





――部屋から抜け出したレアは偶然にも廊下を通りがかった使用人に頼み、眠る前に夜食として「サンドイッチ」を分けて欲しい事を頼む。


使用人はレアの要求に訝しげな表情を浮かべたが、一応は勇者であるレアの要求には逆らえず、すぐに部屋にサンドイッチを運び込む。



「皿の方は後で回収しますのでそのまま机の上に置いておいてください。では、私はこれで……」

「はい、無理を言ってすいません」



立ち去っていく使用人にレアは頭を下げると、机の上のサンドイッチに視線を向け、自分の考えが正しいのかどうかを確かめるためにサンドイッチに解析の能力を発動させる。



『サンドイッチ――切り分けたパンにレタスとハムを挟んだ食べ物。食材は全て賞味期限が切れかかっている』

「あの使用人、何て物を持ち込むんだ……まあ、無理をいったんだから文句は言えないか」



明日には腐りそうなサンドイッチを持ってきた使用人にレアは呆れるが、別に本当に食べるわけではないのでレアは文字変換の能力を発動させ、名前を変更させた。



「さあ……どうなる!?」





――能力を発動した瞬間、机のサンドイッチが光り輝き、やがて剣の形へと変化を果たす。正確には「宝剣」という表現が相応しく、美しい装飾が施された長剣が机の上へ出現した。


その光景を見てレアは冷や汗を流しながらも無意識に笑みを浮かべ、ゆっくりと震える腕で剣を握り締める。


予想以上に重量はあるが、どうにか両手で持ち上げたレアは鞘から剣を引き抜き、刀身を確認する。間違いなく、模造等ではなく本物の刃である事を確認すると、解析の能力を発動させた。




――フラガラッハ――


能力


・攻撃力3倍増

・経験値増量

・魔法耐性強化

・自動修復機能


詳細:300年ほど前に初代勇者によって製作され、大迷宮に封印されていたが、100年ほど前に帝国の3代目皇帝によって発見され、現在は国宝として王族のみが管理する事を許されている。現在の所有者は「霧崎レア」



――――――――――



詳細画面の文章を見てレアは堪らずに握り拳を作り出し、遂に文字変換の本当の使い方が判明した。


この能力は名前と文字数が同じ道具ならばどんな物にも変化できる。しかも性能はオリジナルと全く同じだと判明し、手元にあるフラガラッハを眺めながらレアは声を漏らす。



「これが……文字の加護か」



最初は何の役に立つ能力かと思ったが、使い方が判明すれば他の勇者の加護にも劣らぬ素晴らしい能力だと判明し、嬉しくてレアは我慢できずに長剣を掲げる。初代勇者が遺した伝説の武器をただのサンドイッチで作り出したという事実に震えた。



「この能力を使えば10文字以内の道具ならどんな物でも作り出せるんだ……早速、この事を他の人に報告しないと!!」



レアは喜び勇んで作り上げたフラガラッハを握り締めながら外に出ようとしたが、不意に視界の詳細画面の文章の最後の部分を見て違和感を抱く。



「あれ……でも、所有者が俺の名前になっている?何でだ?」



何故かオリジナルの「フラガラッハ」は所有者が「アリシア」であるのに対し、レアが作り出したフラガラッハの所有者はレアの名前が表示されていた。どうやらレアの作り出したフラガラッハはあくまでもオリジナルと全く同じ性能を持つ「複製品」なので所有者がレアに変更したと考えられる。


フラガラッハを握り締めながらレアは冷静になって扉に伸ばした腕を戻し、自分が伝説の武器を作り出せるという事実を本当に他の人間に話すべきなのか悩む。当然だがこの事実を発表すればレアをこれまで冷遇していた人間も彼の評価を見直し、他の勇者と同様に大切に扱うだろう。何しろ伝説の武器を無制限に作り出せる存在を粗末にあつかうはずがない。


しかし、仮にこの能力を利用して誰かが悪用しないとは限らない。もしもウサンがレアの能力を知った場合、皇帝にレアの能力を利用して伝説の武器を生産させ、他の勇者や人間に装備させようとするかもしれない。勿論、そうなればこちらの戦力は増強され、ヒトノ帝国のためになるだろう。


だが、もしもレアが伝説の武器を無制限に作り出せる事を帝国が敵対する存在に知られた場合、当然だが黙っているはずがない。勿論、帝国の中にもレアの存在を疎む者も現れるだろう。恐らく、レアは命を狙われるかもしれない。文字変換の能力はそれほどまでに素晴らしく、同時に危険性を持つ。



「……とりあえず、今はこれは隠しておこう」



レアはフラガラッハを作り出した事は今は黙っておく事を決め、聖剣を他の人間に気付かれないように隠す事にした。


幸いというべきか部屋の中は特に掃除が行き届いていない事から使用人もこの部屋に立ち入る事はないらしく、聖剣は見つかりにくいようにベッドの下に隠す。仮に見つかったとしても正直に明かせば問題ないと判断し、ベッドに横になろうとしたレアはある事に気付く。



「あっ!?文字数を殆ど使い切ったから……今日の訓練の後に状態を回復させる事が出来ないじゃん……」



今更ながらに自分の行動にレアは後悔するが、伝説の聖剣を作り出した事を考えれば仕方がない事だと考え、深いため息を吐き出す。



「……どうせ余っていても仕方ないし、一応はSPの数値を上げておくか。次にレベルが上がった時に10になれば、また文字変換で99とかにできるかもしれないし……」



残された文字数を利用してレアは自分のSPの項目に表示されている数値を「9」と変換すると、ため息を吐きながら休む事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る