第8話 アリシア皇女

「じゃあ、キリサキ君はここで休んでいてくれ!!僕達は訓練に戻るからね、もしも体調が治ったら裏庭の方へ来てくれ!!」

「はっ!?まだやるのかよ!?」

「当たり前じゃないか!!さっきのランニングはただの準備運動、ここからが本番だよ!!」

「じゅ、準備運動……」



ダガンの言葉に茂も瞬も顔色を青くさせるが、そんな彼等の様子に気付いた風もなくダガンは二人の腕を掴み、医療室を後にした。その様子をレアと老婆は同情するような視線を向け、黙って見送る事しか出来なかった。



「さてと……勇者様、私はこれから薬の調合のためにこの部屋を離れます。もしも何かあったら隣の部屋へ着て下さい」

「あ、はい……あの、ありがとうございます」

「いえいえ、お気になさらずに」



治癒魔導士の老婆は丁寧にレアに頭を下げると、そのまま部屋を退室した。残されたレアはベッドの上で横たわり、溜息を吐きながらステータス画面を開いて自分の状態を確認する。



―――ステータス―――


称号:解析の勇者


性別:男性


年齢:15才


状態:疲労


レベル:1


SP:9


―――――――――――



案の定というべきか状態の項目が「疲労」と表示されており、それを見たレアはため息を吐き出す。どうやらレベルが低い状態で無理な訓練をした事が影響で予想以上に肉体に負担が掛かっていたらしい。


だが、ここである事に気付く。もしも状態の項目を「健康」と変化した場合、この筋肉痛と疲労感から解放されるのではないかと思ったレアは手を伸ばす。



(どうだ?)



状態の項目を「疲労」から「健康」へ変換した途端、レアの身体は嘘のように軽くなり、先ほどまでの疲労感と身体の痛みが一瞬にして無くなった。レアは自分の身体の変化に驚きながらも笑みを浮かべ、ようやく文字変換の能力の凄さを実感する。



(凄い……あんなにきつかったのに一瞬で治った!!これなら訓練に参加でき……いや、もう少しだけ休んでいこう)



ダガンからは体調が復帰したら裏庭へ戻るように指示されたが、いくら体調が治ったといっても今の状態では彼の訓練には付いているとは思えず、茂と瞬には申し訳ないが少しだけ休む事にした。ベッドに座りなおすとレアは視界の端に画面が表示されている事に気付く。



『文字数残数:3文字』



画面の文字をレアが確認すると、即座に画面は消え去る。毎回文字変換の能力を使用する度に文字変換を行える残数が表示されるらしく、何時の間にか7文字分も文字を変換させていた事にレアは意外に思う。


文字変換の条件を変更させ、SPを増やしたりレベルを上げた後に戻した結果、いつの間にか今日だけでもレアは7文字も文字変換を行っている。1日に10文字までしか文字変換が行えないという制限は意外と厳しい。


レアの能力は日付が更新される度に文字数がリセットされるため、本日は3文字分しか文字変換は行えない。ここから先は文字変換の能力を使う時は慎重にならなければならず、レアはステータス画面を改めて確認する。



(3文字で俺の能力をどうやって強化するかな。レベルの方は無理やり上昇させたら成長痛という状態になるようだけど、SPは上昇させても特に変化はなしか。状態の項目も変化させても問題はないとなると……次は何を試そうか)



ステータス画面に指を構え、今度はどの文字をを変換させるべきかレアが悩んでいると、医療室の扉がノックされる。治癒魔導士の老婆が戻って来たのかとレアは慌ててステータス画面を閉じて視線を向けると、外側から聞き覚えのある声が返ってきた。



『アリシアです。こちらに勇者様が休まれていると聞いたのですが、入ってもよろしいですか?』

「アリシア……皇女?」



昨日の宴にてレアを庇ってくれたアリシアの声が響き、慌ててレアは扉を開くと、そこには昨夜のように青年の従者を連れたアリシアの姿が存在した。但し、昨日と違って今回は彼女は黄金の鎧を身に着けており、従者の方も銀色の鎧を装備していた。


武装した状態で現れたアリシアの登場にレアは驚くが、アリシアの方も倒れたと聞いていたレアが出迎えた事に意外そうな表情を浮かべる。



「勇者様……確か、名前はキリサキ様でしたね。訓練の途中で倒れられたとダガン将軍から聞いていたのですが、もう大丈夫なのですか?」

「え?あ、はい。少し休んだら治りました」

「そうですか、それは良かったです。では、今から訓練をお戻りになる所ですか?」

「えっと……そうです」

「そうでしたか、無事だったのなら良かったです。それでは私は用事があるのでこれにて……」



アリシアの悪意のない言葉にレアは頷く事しか出来ず、彼女はレアが無事だと知ると微笑み、頭を下げて立ち去ろうとした。だが、そんな彼女にレアは咄嗟に声を掛ける。



「あのっ、アリシア皇女……様」

「はい?」

「何か皇女様にご用事ですか?」



呼び止められたアリシアは不思議そうに振り返ると、従者の青年が彼女の代わりにレアに用件を尋ねる。


だが、呼び止めておいてなんだがレアは別にアリシアに何か話があるわけでもなく、困り果ててしまう。



(しまった……咄嗟に呼び止めたけど、なんて話掛ければいいんだ?)



わざわざ自分を心配してくれて訪れてきてくれたアリシアにレアは礼を言うために無意識に呼び止めた。しかし、様子を見る限りでは二人とも用事があって急いでいるらしく、ここで引き止めるのも悪いかと思ったレアは謝罪を行う。



「いや、あの……心配してきてくれてありがとうございます。呼び止めてすいませんでした」

「ああ、なるほど……いえ、お気になさらないでください。勇者様はこの国を救う存在、もしもその身に何かあれば勇者様を呼び出した私達の責任です。どうかお気になさらずに……」

「姫様、そろそろ時間が迫っております。大迷宮へ参りましょう」

「大迷宮?」



従者の言葉にレアは疑問を抱き、大迷宮という単語が何処かで聞いた、というよりは「見た」覚えがあった。アリシアが所持している聖剣「フラガラッハ」を解析の能力で調べた時に表示された画面を思い出す。



『大迷宮に封印されていたが、100年ほど前に帝国の3代目皇帝によって発見され、現在は国宝として王族のみが管理する事を許されている。現在の所有者はアリシア・ヒトノ』



アリシアが所持しているフラガラッハを解析した際に出てきた文章を思い出したレアは「大迷宮」という単語を彼女の従者が使用した事に気付き、二人はこれから何処へ向かうのかを問う。



「あの、御二人はこれから何処かへ出かけるんですか?」

「ええ、私達は皇帝陛下の命を受けてこれから大迷宮へ向かいます。そういえば勇者様は大迷宮の事をご存じですか?」

「いや……」

「ではこの際に説明しておきましょう。いずれ勇者様達も大迷宮へ挑む日があるでしょうし、知っておいて損はないと思います」

「姫様、ですがもう時間が……」

「部隊には貴方の方から説明して待たせておいてください。私は勇者様に大迷宮の説明を行います」

「……はっ」



青年の従者はアリシアの言葉に従うが、立ち去り際にレアに対して鋭い視線を向け、険しい表情を浮かべる。


そんな彼の態度を見てレアは自分が不味い事を仕出かしたかと思ったが、アリシアは青年の反応に気付かずに医療室の中にレアを招き、改めて自己紹介を行う。



「そういえば昨晩はきちんと挨拶をしていませんでしたね。私の名前はアリシア・ヒトノ、この帝国を収める皇帝陛下の第三皇女です」

「第三?という事は他にも兄妹がいるんですか?」

「いえ、姉妹です。私の上に二人の姉がいたのですが、今は二人ともお亡くなりになられました。残念ながら皇帝陛下は男児に恵まれず、私以外に子供はいません」

「そ、そうなんですか……なんか、すいません」

「いいえ、気にしないでください」



皇帝にはかつて3人の娘が存在し、その末っ子がアリシアらしい。彼女は16年ほど前に皇帝の正妻との間に生まれた子供だという。

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