第7話 解析の能力

(あの画面が仮に解析の能力を発動させて表示されたものだとしたら……試してみるか)



ベッドから立ち上がったレアは部屋の中を見渡し、机の上に置かれている無造作に置かれている自分のカバンに視線を向け、学生手帳を取り出す。手帳を視界に収めた状態でレアは解析の能力を発動すると強く念じる。



「解析!!」

『学生手帳――白金高等学校の生徒に与えられる学生手帳。生徒の身分証明書、現在は表紙の名前が「黒鐘高等学校」に変換されている』



予想通りというべきか、視界に画面が表示され学生手帳の詳細が記される。しかもレアが表紙に記された文字を文字変換の能力で改竄された事も丁寧に表示されていた。



「なるほど、物体に解析の能力を使用するとこんな風に表示されるのか。という事はアリシア皇女が所持していたあの剣、もしかしてかなり凄い剣だったんじゃ……」



レアはアリシア皇女が所持していた「フラガラッハ」という剣の解析した時の画面を思い返し、その性能の高さから普通の剣ではない事は間違いなかった。彼女の聖剣は元々は初代勇者が制作した物である事、どのような経緯で帝国の手に渡ったのかまで詳細が記されていた。


フラガラッハといえば地球でも同名の聖剣が神話の世界で存在するが、この世界に召喚された勇者が地球人である場合、制作した武器に神話に登場する武器の名前を付けていたと考えるべきだろう。アリシア皇女が所持していたフラガラッハは「攻撃力3倍増」「経験値増量」「魔法体制強化」「自動修復」というチート級の能力を宿している。



(あの聖剣があれば強くなれそうだけど、国宝として扱われてるみたいだし、貸してくれとは言えないよな……そもそも剣なんて使ったことないし)



明日から本格的な訓練が行われ、まず勇者たちは戦闘技術を学び、ある程度の技術を身に着けた後は実戦に入ると言われていた。


実戦とは魔物との戦闘の事を差し、レベルを上昇させてステータスを向上させるにはどうしても魔物と戦って経験値を稼がなければならない。



「レベルか……待てよ、文字変換の能力を使えば一気にレベルなんて上昇するんじゃないのか?」



レアはステータス画面を開き、レベルの項目に指を押し当てると、試しにレベルの数値を「9」へと変換させる。本当は99まで上昇したかったが、文字変換の能力の条件で文字の追加は行えないため、現時点では数値が一桁しか存在しない場合はレベルを9までしか上昇できない。


画面に指を触れてレベルの変更を行っても特に今回は指が弾かれるような感覚は襲ってこず、無事にレアはレベルの変更に成功する。だが、SPを上昇させた時には発生しなかった身体の異変が生じる。



「よし、これなら……ぐあっ!?」



唐突に肉体に尋常ではない激痛が走り、悲鳴をあげる事も出来ない程の苦痛がレアに襲いかかった。一体何が起きているのか理解できず、必死にレアは助けを求めようとしたが指先を動かすだけでも苦痛が増す。


まるで全身の筋肉が痙攣を起こしたかのような痛みが走り、更に身体が痺れて高熱を帯びる。必死にレアは頭を動かして激痛の正体がステータス画面を変更したせいではないかと考え、どうにか画面に指を伸ばす。



「がぁっ……も、戻れっ!!」



レベルの項目に指を触れた瞬間、数値が「9」から元の「1」へと戻った瞬間、レアの身体を襲っていた激痛が消え去り、直後に異様な脱力感に襲われた。最早身体を動かす事も出来ず、レアは意識を失ってしまう――






――次にレアが目を覚ましたのは部屋の扉が何度もノックされ、兵士と思われる男性の声を掛けられた時だった。



『キリサキ殿!!起きてください、間もなく訓練が開始されます!!もう皆さんは朝食を終えて訓練場の方へ移動してますよ!!』

「あ、はいっ……」



兵士の声にレアは身体を起き上げるが、眠ったにも関わらずに疲労は完全にはなくなってはおらず、身体の方も動かすと軽く痺れが走る。


どうにか身体を起き上げたレアは自分が意識を失う前に何が起きたのかを思い出し、文字変換の能力を使用してレベルを急激に上昇させた際に起きた肉体の異変を考察する。



(昨日のは何だったんだ……ずるをしてレベルを上昇させようとしたのが不味かったのか?いや、本当に問題があるとしたら、文字変換の能力を使用したときに条件の項目が追加されるか、指が弾かれたはずだし……)



朦朧とする頭を必死に回転させてレアは昨夜の出来事を思い返し、自分の肉体を確認した。まだ痺れは残っているが特に変化はなく、軽い筋肉痛程度だった。


まだ高校へ入学したばかりの頃、野球部に体験入学したときに動き回り、身体が筋肉痛に襲われた時と感覚が似ている事に気付く。



(一体何が起きたんだ……そうだ、ステータス画面の状態で調べられるか?)



レアは解析の能力を自分の肉体に使用して何が起きたのかを突き止めるためにステータス画面を開くと、案の定というべきか「状態」の項目が変化していた。



―――ステータス―――


称号:解析の勇者


性別:男性


年齢:15才


状態:成長痛


レベル:1


SP:1



―――――――――――



「なんだこれ……成長痛?」



画面に表示された文章を見てレアは疑問を抱き、成長痛など聞いた事もないので意味が分からなかったが、視界に解析を発動したときの画面が表示される。



『成長痛――レベルの急上昇による肉体の変化が起きた際に生じる症状』

「うわ、なんだ?あ、もしかして解析を使用すると文字の意味も分かるのか?」



どうやら無意識にレアは解析の能力を発動させたらしく、成長痛という現象を読み解く。どうやら昨夜にレベルを文字変換の能力で上昇した事によって「成長痛」と呼ばれる現象が肉体に生じたらしく、レベルは元に戻しても成長痛の後遺症は消えず、軽度の筋肉痛と疲労が残ってしまったらしい。



「くそ、レベルを上げ過ぎるとこんな事が起きるのか……もっと早く知りたかったよ」



貴重な文字変換の能力を「2文字」も消費したにも関わらず、成長痛の後遺症だけが残ってしまったレアは頭を抱え、渋々と扉の前で待機する兵士の元へ急ぐ――





――兵士に起こされたレアは朝食を暇もなく城の裏庭に案内されると、既に瞬も茂も待機していた。雛はいないのは彼女は男性陣とは別の場所で訓練を行うらしく、現在は魔法の勉強をしているという。



「おはよう勇者諸君!!僕が今日から君達の訓練を指導するダガンだよ!!」

「うるせえよ……朝から騒ぐんじゃねえよ」

「眠い……」

「茂!!それに霧崎君まで……二人ともダガンさんに失礼だぞ!!」



男性陣の勇者の指導を行うのは帝国の将軍の中では若手であり、レア達と年齢も近いダガンという男性だった。


年齢は20代後半で顔付きは童顔なので実年齢より若く見られることが多いが、最初に彼を見た人間が注目するのは肉体の方であり、顔と不釣り合いなほどに発達した筋肉が目立つ。


身長は170センチと成人男性と同程度の身長しかないが、その服の上からでも分かる筋肉は凄まじく、ボディビルダーが見たら裸で逃げ出す程の圧倒的な質量を誇る。その異様な外見にレア達は圧倒されるが、ダガンは歯を煌めかせながら男性にも関わらずに女性のように高い声で話しかける。



「むむっ……どうやら勇者君達はまだ寝ぼけているようだな。それならば眠気覚ましにマラソンをしようじゃないか!!そうだな……軽く城の中を走ろうか!!」

「えっ……ちょっと待ってください。この城ってうちの学校よりも全然大きいんですけど……」

「こらこら、泣き言をいうんじゃないよ!!こんな事でへこたれるようなら帝国の危機は救えないぞっ!?さあ、俺の後に続くんだっ!!いち、にっ!!いち、にっ!!」

「ちょ、おい!!あいつどう見てもマラソンの速度で走り出してねえぞっ!?」

「お、追いかけるんだっ!!」



唐突に走り出したダガンにレア達も後に続き、王城の中を走り回る。普通のマラソンと違い、ダガンは城内を走り回るので階段や通路も移動しなければならず、3人は普通のマラソンよりも体力を消耗してしまう。しかし、先頭を走るダガンは涼しい顔で汗一つもかかずに駆け抜ける。



「どうしたんだい!?もう走る速度が遅くなってるよ!!何も考えずに僕の後を走ればいいんだよ!!」

「くそ、全然追いつけねえっ!?」

「な、何だあの人……」

「ちょっ……無理、もう走れないっ……!?」

「あ、おい、霧崎が倒れたぞ!?どうすんだ!?」

「しっかりするんだ霧崎君!!」



3人の中の一番レベルが低く、能力値も低いと思われるレアが城内の4分の1も走り切れない内に倒れてしまう。


昨日の件で肉体に筋肉痛と疲労感が残っていた事もあり、慌てて茂と瞬が駆けつけると、異変に気付いたダガンが引き返してきた。



「むっ、大丈夫かキリサキ君!?この程度の距離で倒れてしまうとは……もしかしたら体調が悪かったのかい!?それならそうと早く行ってくれればいいのに!!」

「いや、普通に着いて行けなかったんだろ?だいたいあんた、碌に話も聞かずに走り出したじゃねえかっ!!」

「何っ!?全然気付かなかった……すまなかったキリサキ君!!」

「い、いえ……あの、少し休ませてくれませんか?」

「それなら医療室に向かおう!!ほら、僕の背中に乗ってくれ!!兎跳びで向かうからなっ!!」

「何でですかっ!?」

「普通に運んでやれよっ!!可哀想だろ!?」



ダガンはレアを背負い込み、言葉通りに兎跳びで階段を駆け上がる。しかも普通に走って追いかける茂と瞬よりも移動速度が速く、彼等はどうして追いつけないのか理解できなかったが後に続く――







――数分後、激しく身体を揺らされた事で本当に気分が悪くなったレアは王城の「医療室」と呼ばれる部屋に運び込まれ、学校の保健室と酷似した部屋に運び込まれる。


この世界には医者という存在がなく、代わりに「治癒魔導士」と呼ばれる称号を持つ人間が医者の代わりに病人や怪我人の治療を行うらしい。



「……うん、只の疲労と軽い筋肉痛のようね。激しい運動に身体が着いて行けなかったみたいね」

「あ、ありがとうございます……」

「先生!!彼は大丈夫ですか?」

「あの、ダガン将軍?病室で大騒ぎするのは辞めてくれるかしら……少し休ませれば平気だと思うわ」

「良かった……」

「情けねえな……とは言えないな。流石にあれは普通の人間には無理だわ」



ベッドに横たわるレアに治癒魔導士の老婆が診断を終えると、彼女は休息させれば特に問題はないと伝える。その言葉に茂と瞬は同情するように視線を向け、ダガンも安心したように両目から涙を流しながらレアの右手を強く握りしめて謝罪を行う。



「すまなかった霧崎君!!まさか君が魔術師の職業の人間だったとは……ウサン大臣から全員が戦闘職の人間だと聞かされていたから最初は少しきつめでも大丈夫かと思っていたんだが……」

「い、いえ……気にしないでください」

「少し……?」

「あれが……?」



本当に反省したように涙を流すダガンにレアは彼が悪人ではない事を悟り、決して悪意を抱いて自分達を追い詰めた事ではない事を知って安心する。だが、彼の訓練に現在のレアでは着いて行けず、彼の訓練方法を見直す必要があるのは確かだった。

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