親子の再会

 




 扉から入ってきたのは、肩に掛かるくらいの綺麗な翠色のショートの髪をした少女だった。


 私は今回、グリーデンに彼女を会わせてあげる為にわざわざレイ達に話をつけて、外で待機させていたのである。


 そう、私の店で働かせてあげているネロ・キマナ…。いや、グリーデンの実の娘であるデルト・キマナを。


 その姿を目の当たりにしたグリーデンは目を見開いていた。


 見間違えよう筈がない、もう会えないだろうと思っていた実の娘が生きているその姿を前にまるで時が止まったかのようにグリーデンの目にはその姿がはっきりと映り込んでいた。



「……嘘……だろ。

 おい、これは夢か……?」

「…………」



 ネロちゃんは拘束具に縛られている実の父親を前に大きく目を見開いていた。


 当時は幼かったとはいえ、彼女にも記憶がちゃんと残っている。


 優しかった実の父親を綺麗な母親の姿ははっきりと覚えていたのだ。


 グリーデンの瞳からは溢れ出るように涙が次々とこぼれ出ていた。その、成長した自分の娘の姿に自分が愛した妻の姿の面影がはっきりと見えたからだ。


 震える声でグリーデンはネロちゃんに語りかけるように話をし始める。



「……あぁ……、……き、キマナ……。

 俺が……俺がわかるか? なぁ?」

「………」

「お母さんに似てきたなぁ……。こんなにこんなに大きくなって……」



 拘束具を付けて、椅子に座っているグリーデンは涙を流しながら、ネロちゃんにそう告げる。


 普段から感情の起伏が少ないネロちゃんに私は視線を向けると、動揺しているような表情を浮かべていた。


 あぁ、そうか、ネロちゃんもどうしていいかわからないんだろうなと私は思った。


 きっと、義理の親達から辛い目に遭わされていた中でも彼女の唯一の希望は実の父親であるグリーデンだけだったのだろう。


 だが、いざ目の前にして、拘束具をつけられている自分の父親を前にしてどうしていいのか、どう話せばいいのか全く分からないんだろう。


 じゃないと、ネロちゃんはきっとこんな顔をしない筈だ。


 私はグリーデンに近寄ると、首に錬成した首輪を付けて、拘束具を外しはじめる。


 それを見ていたレイは目を見開き、慌てて私に向かい声を上げた。



「おい! キネっ! 一体何を……」

「せっかくの親子の再会にこんなものがあったら無粋でしょう? 

 大丈夫、この首輪は絶対に外れないし、もし逃げようとするなら麻酔針が首元に突き刺さるようになってるから」



 私はレイに笑顔を向けて、問題ないとばかりにそう告げた。


 きっと互いにもっと話したいことやぶつけたい事がある筈だ。だけど、このままじゃそれもままならないだろう。


 私から拘束具を外されたグリーデンは椅子から立ち上がるとおぼつかない足取りでゆっくりとネロちゃんの元まで歩く。


 多分、この様子だと、私の首輪がなくとも、もうグリーデンはここから逃げようとはしないだろうとは思うけどね。


 ネロちゃんに近づいたグリーデンはその前で両膝を地面につき、涙を流しがながら彼女に語りはじめる。



「……キマナ、あぁすまない。本当に……! 

 お前が苦しんだのは……全部俺のせいだ……っ!」

「……お父さん……」

「辛かったな……本当に……。ごめんなぁ、俺が守るって言ったのになぁ」



 涙を流すグリーデンは涙を流したまま何度も謝りながら、ネロちゃんを抱きしめる。


 ずっとこうしたかった、本当なら八年前に再会できた時に優しく抱きしめてあげて、それから親子として一緒に過ごしてやりだかった。


 だが、グリーデンにはそれができなかった。


 戦場でどれだけボロボロになろうとも、最早、自分の帰るべき場所はもう無いのだとずっとそう思っていた。


 この日、もう、会うことができないと思っていた愛娘に会うまでは。


 ネロちゃんは抱きしめるグリーデンのその優しい抱擁に戸惑いながらも、ゆっくりと話しはじめる。



「本当に……お父さん……?」

「あぁ……そうだ」



 ネロちゃんはまだ半信半疑だった。


 あれだけ待っても迎えに来なかった両親、もう、自分は捨てられたものだとずっとそう思っていた。


 だから、グリーデンがこうして抱き締めてくれている事が信じられない。


 しかし、その声も臭いも、かつて、嗅いだ覚えがある懐かしい臭いがした。


 すると、ネロちゃんの目からは溢れ出るように涙が頬を伝い自然と流れ出てきた。



「ずっと……待ってた……」

「あぁ……」

「お父さんから私……捨てられたと思った」



 グリーデンは抱き締めているネロちゃんのその言葉に胸が締め付けられる感覚を覚えた。


 そう思われても仕方ない事を自分は娘にしたのだと、グリーデンは素直にそう受け止める他なかった。


 決してそうではない、グリーデンは実の娘であるネロちゃんの事を心底、愛していたし、なんなら自分の命さえ、ネロちゃんの為なら惜しくないと思っている。


 だが、その気持ちとは裏腹にネロちゃんには辛い思いをさせてしまった。



「こんな父ちゃんでごめんな……、お前の事が本当に大切で……。

 だけど、俺は一緒にいてやれなかった……」

「……うん」

「お前からいくらだって殴られたって構わない……。

 だけどな、俺はお前の事を自分の命よりも大切だと思ってる」



 そのグリーデンの言葉に、ネロちゃんは涙を流しながら瞳を閉じていた。


 自分の本当の父は、ちゃんと自分の事を愛してくれていた。


 お前は生きているだけで迷惑だ、早くくたばれ、と親族の親達から罵声をずっと浴びせられてきたネロにとってはそのグリーデンの言葉は胸に突き刺さった。


 自分は生きていてもいい人間だったんだと、心の底から思う事ができた。



「……本当?」

「あぁ……心の底から愛してる」



 そう告げたグリーデンの言葉にネロちゃんはいままで抱えていたものが爆発したかの様に大声でグリーデンの胸の中で泣き始めた。


 グリーデンと母親のガーネット、自分の実の両親と過ごしていた時期のことが脳裏に過ぎる。


 いつも、仕事で帰ってきたグリーデンをネロちゃんは母親と共にいつも出迎えてあげた。


 共和国の親族に預けられる日、きっと迎えにくるからと、何度も頭を撫でて抱擁し自分に言い聞かせてくれたグリーデン。


 あの父は自分の事を捨てていなかったんだと思えるだけで、辛い日々を耐えてきたネロちゃんにとって、心の底から救いになった。



「お父さん……っ、お父さん……っ」

「あぁ、キマナ……」



 しばらくの間、私達は静かにその光景を見守っていた。


 この親子の再会に水を差す事は流石に出来ないからね。


 それを見ていたラデンも釣られて思わず泣きそうな表情を浮かべているし、隣にいるシドも目元を押さえてるけど、きっと、泣きそうなのを誤魔化してるんだろうな。


 シドの境遇を知っている私からしてみればそれには共感できるから、涙が出ちゃいそうなのはわかるけどね。


 だけど、あれだけ感情を表に出してこないネロちゃんが涙をあんなに流す姿なんて私も想像できなかったな。


 それから、グリーデンはゆっくりと抱き締めていたネロちゃんから身体を話すと言い聞かせるように話をしはじめる。



「キマナ……、父ちゃんな実は悪い事をしちゃったんだ」

「……え?」

「お前とお母さんが居なくなって自暴自棄になってな……。

 だから、その償いをしなくちゃならないんだよ…」



 グリーデンはゆっくりとした口調でネロちゃんにそう語る。


 娘が生きていた、再会も無事に出来た。


 だが、グリーデンは帝国のガラパでテロを起こし、理由があったにしろ殺人にも関与している。


 他の人を不幸にした事の償いがあるのだ。それは、変えようの無い事実で、グリーデンはそれと向き合って、償わなければならない。


 ネロちゃんに言い聞かせるグリーデンの目は前とは違い、穏やかな父親の目をしていた。



「そう……」

「あぁ、……本当どうしょうもねぇダメな父ちゃんだ。

 ごめんなキマナ」

「ん……、そんな事ない」

「いいや、お前の側に居られないダメな親父だ……」



 グリーデンは辛そうな表情を浮かべたまま、悔やむようにネロちゃんに告げる。


 グリーデンのやった事に関しては私達からは何とも言えない事ではあるが、何にしろ、今後、グリーデンの身柄は帝国に渡す事になる。


 最悪なのは、グリーデンが処刑される事だ。確かに許されない事をしてきたが、こればかりは私達も深くは関与する事はできない。


 どうにかできる人物といえば、エンパイア・アンセムのラデンだろうが、きっと、彼女の事だ、きっと何か考えてくれるだろう。


 ネロちゃんは辛そうな表情を浮かべているグリーデンにこう告げた。



「待ってる……、お父さん」

「…………」

「だから……いつか迎えに来て」



 ネロちゃんは目に涙を浮かべたまま小さく微笑みながら、グリーデンにそう告げた。


 グリーデンはそのネロちゃんの言葉にゆっくりと頷いた。


 父親として、これ以上、娘に親らしくないところは見せられ無い、だからこそ、きっちりと自分のやってきた事にケジメを付けないといけない。


 ネロちゃんと話をし終えたグリーデンは私の方に視線を向けると、頭を下げてゆっくりと口を開く。



「俺が言えた義理じゃねぇのはわかってる……、だけど娘を今後も面倒を見てやって欲しい……」

「私は最初からそのつもりだよ」

「……すまねぇ」



 頭を下げてくるグリーデンに私は即答で返してやった。


 ネロちゃんには私も助けられているからね、大切なウチの従業員だし、抜けてもらったら私が困る?


 グリーデンから頼まれなくても、むしろ、私の方がいて欲しいくらいだ。


 それに、ネロちゃんは可愛いし、今後も私のお店で活躍してもらうつもりだからね。


 それから、タイミングを見計らい口を開いたラデンはグリーデンにこう告げる。



「デルト・グリーデン、明日、お前の身柄を帝国へ輸送する」

「あぁ、……何処へでも連れて行きな」



 そう告げるグリーデンに取り調べ室に居た帝国の諜報員達はグリーデンの身体に再び拘束具を取り付ける。


 だが、拘束具を大人しくつけられるグリーデンの表情は前よりもずっと穏やかであった。


 それは、自分が生きる意味を見いだせたからかもしれない、奴にとって、ネロちゃんとの再会はしっかりと心を入れ替えるきっかけとなった。


 私は改めて、奴にネロちゃんを引き合わせて正解だったと心の底からそう思う。


 取り調べ室から連れ出されたグリーデンはネロちゃんに見送られながら、特別な独房へと、脇を抱える諜報員達、そして、レイとラデンと共に連行されていく。


 その後ろ姿を見つめていた隣にいるシドはタバコを咥えたまま、そんなグリーデンの背中を見ながら言葉を溢す。



「なんだか、やりきれねぇな……」

「……彼も、戦争の犠牲者……だったんだろうね」



 きっと、昔の帝国と共和国がいがみ合っていなければ、こんな事にはならなかった筈。


 彼の人生も戦争によって狂わされてしまったに過ぎない。


 それは、私も一緒だ、だからこそ、奴の身の上には同情だってしたくなる。


 だからこそ、いつか、罪を償ったグリーデンがネロちゃんを迎えにくる事を信じたいと思うばかりだ。

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