事件を終えて
グリーデンを無事に捕えた私達は現在、奴の取り調べを行なっている最中だ。
殺人事件の動機、また、共和国内での諜報活動など、奴の口から聞き出さないとわからない事がある。
グリーデンは拘束具を付けられられたまま、取り調べ室でレイやラデン、そして、私とシドの前に椅子で座らされていた。
取り調べに私達が立ち会っているのは、奴に対して色々と思うところがあったからだ。
もちろん、ネロちゃんの件もあるからね。
拘束具を付けられているグリーデンは笑いを溢しながら、言葉を溢す。
「まさか、二度もテメーに負かされるとはね、やきが回ったもんだ」
「……そうだね」
「それで? 何が聞きたいんだ? ん?」
そう言って、私達に逆に問いかけてくるグリーデン。
私達が自分がやってきた事を全て分かっている上で、何を知りたいかを問いかけてくる。
質問したい事自体は、殺人事件の動機と共和国内での諜報活動についてなんだが、グリーデンはどうやら全て話しても何も構わないといった様子であった。
答える気があるならばと、レイはグリーデンに質問を投げかける。
「まずは、八年前の事件、貴様は女性を中心にこの街で殺人を行なったな? 動機はなんだ」
「動機……ね」
「そうだ動機だ。……まさか、女性を殺していたのは趣味だとは言わないだろうな?」
「……そんな単純な話じゃねぇよ」
レイの言葉に表情を曇らせるグリーデン。
先程とはうって変わり、何やら重苦しい様子だった。陽気に見えていたグリーデンだったが、何やら思い出すように瞳を閉じる。
すると、グリーデンはふと、八年前を思い返しながらポツリポツリと私達に話をし始めた。
「俺は十三年前、娘の身の安全の為に親族に預けたんだ。
だが、八年前に様子を見に行ったらそいつらは開き直ったように俺の娘をさんざん虐待した挙句、殺してやったなんて抜かしやがった」
「だから、その二人は殺したんだな?」
「あぁ、殺してやったさ。
……ガーネットと育んだ大切な娘を苦しませ殺したなんて言われたらな。二人を八つ裂きにしてやった、それが最初だ」
そう言いながら、グリーデンは思い出すように語りながら、苦悩した表情を浮かべていた。
それから、グリーデンはさらに話を続け始める。
それは、何故、女性を中心にした殺人を八年前に行ったのかという点だ。
親族を殺した動機はわかったが、私達が知りたいのはそちらの方だろう。
「テメェらが知りたいのはその後の殺人の何人かがなんで女か? だろ?」
「あぁそうだ」
「……お前ら、ちゃんとその女共がどういう人間かちゃんと調べたのかよ」
「何? それはどういう……」
グリーデンはレイから発せられたその言葉を聞いて笑い声を上げる。
それから、彼の目は怒りに染まっていた。それは、何かに対する怒りなのかはわからない。
次に口を開いたグリーデンは明確にそれは自分が殺した相手が殺すに値するほどの人間だったと正当化するかのような話し方で私達にこう告げてきた。
「自分達の子供を虐待していた、もしくは殺した女共だ。
たまたま女だったのはその時期、帝国と共和国との緊張感が高まっていて、共和国の若い男共は全員軍役に就くのが義務付けられていたからなァ……。
男も加担しているようであるなら同じように俺は殺していたさ」
「……なんだと」
「ふざけた女どもだったぜ、大切な筈の自分の我が子を撲殺したり、餓死させたり、溺死させようとしたりしてな……。
そんな大人が生きている価値があると思うか?」
グリーデンは自分の我が子を殺した親族の連中を酷く憎んでいた。
それは、妻である殺されたガーネットの亡骸に約束した娘を幸せにするという約束を踏みにじられ、貶されただけではない。
未来があり、将来がある子供の命が、クソのような大人の身勝手で奪い去られるという事が許せなかったのである。
自分達の都合しか考えないクズを生かしてはおけなかった、だから殺してやったとグリーデンは怒りをあらわにしながら私達に告げる。
「俺は全く思わなかったねッ!
俺の大事な娘を虐待して殺したあのクソ共と一緒の目をしていて、胸糞が悪かったよッ!」
当初、グリーデンは殺人以外にも他の方法も考えたのだという。
だが、教会も駆け込んだり、預けたりされる子供は助けるが、虐待や育児放棄した子供を保護する事は積極的には行わない。
グリーデンは娘を失った後、道端でボロ雑巾のように家から投げ出された一人の少女に出会ったのだと語る。
その娘が自分の娘と年も近く、その姿が重なった、その少女をどうにか救えないものかと積極的にグリーデンは動いたが、結果は伴わなかった。
結局、グリーデンが出会ったその家にいた少女は三日後に山中で死体になって発見される事になった。
少女の親は嘘泣きをし、私は殺していないと言い張っていたというが、グリーデンは知っていた。
少女を殺したのは間違いなくその女であると。
その時、グリーデンの中で何かが切れる音がしたという。
そして、そこから、虐待、育児放棄をして子供を殺した大人達、または、同じように子供を苦しめている大人達を容赦なく殺し始めた。
それらは、自分の娘や殺された少女のような子供を少しでも助けたいという思いと、自分の身勝手で子供達を苦しませる大人達の粛清という二つの意図があったのだろう。
動機は何となくわかった、だが、その骸で家具を作ったのはどういう意図があったのか?
「何故、骸で家具を作ったんだ?」
「……見せしめという意味もあるが、子供達へのせめてもの手向けだ。
現に家具にしてやったのは虐待なんかで子供を殺したクソ共だけだしな。
それに、クズの骸で出来た家具を同じようなクズが買うなんてかなり皮肉が効いてるとは思わねぇか?」
グリーデンは面白そうに笑いながら、私達にそう告げる。
奴の動機は確かに筋は通っているようにも思える。だが、それでも、人の命を何人も奪った事には違いない。
だが、それを間違いだと指摘できる人間がこの場にいるかと問われれば、答えは否だ。
少なからず、私達は戦場で人を大量に殺している。殺した末に英雄だなどと持ち上げられているに過ぎないのだ。
しかし、レイは毅然とした態度でグリーデンにこう話をし始める。
「だが、グリーデン。
お前がやった共和国内での殺人行為が、許される訳ではないぞ」
「その殺人で救われた小さな命も幾つもある事は事実だぞ。
戦場でたくさんの帝国兵を殺してきたお前らに、それを言う権利があるのか?」
「…………」
「場所が戦場か、街の中だったか、それだけの話だ。
殺したのがクソな連中だっただけ、俺の方が愛すべき家族のいる帝国兵を殺し回ったお前らよりもマシだと思うぜ? オイ」
それから、グリーデンは、まぁ俺も人の事は言えないが、と自嘲気味に笑みを溢す。
確かに理解ができないかと言われればそうでもない、現に話を聞いていたシドはグリーデンのその殺害理由に共感をしている部分はあった。
私も同じ穴のムジナだ。確かにグリーデンと同じ立場にならないと奴の心情は深くは理解できないだろう。
怒りもあるし、悔しさもある、その捌け口をぶつけたい気持ちもわからんでもない。
だが、それはあくまでも私情だ。本当に親が殺され、その骸を家具にされて同じような人間に売り飛ばされるなんて事をその子供達が望んでいたのかはわからないだろうに。
私はグリーデンに対してこう話を切り出し始める。
「……それでも、その子達にとっての親はそいつらしかいないんだよグリーデン」
「……あ?」
「肉親はそいつらしかいないんだ……。
お前にだってわかってるんだろう?」
グリーデンはその私の言葉に思わず口を噤む。
それは、グリーデンにも理解できてる部分があるからだ。
どれだけ、その連中がこの世に腐るほど存在していて、たかだか、何人か殺したぐらいで変わらないかという事を。
子供達の為に殺したのはグリーデンの本心であった事はわかるが、それでも、自分の子供を奪われた怒りをぶつける動機の一つにしていたのも否定はできない。
それから、次にレイに代わりラデンがグリーデンに質問を投げかける。
「……自身の部下を殺した理由は?」
「俺の妻、ガーネットを殺した共和国の諜報員だったからだ……。
証拠も掴んでたんでな、自白させて報復として殺してやったよ」
これは、以前にラデンが掴んでいた情報から推測した通りの動機であった。
諜報部隊を率いていたグリーデンの部下の中に共和国の諜報員がおり、グリーデンを脅威を少しでも抑える為、奥さんであるガーネットを拉致しようと計画していた。
だが、帝国軍に従軍経験のあるガーネットからの予想外の抵抗があり、その際に誤って殺害、その結果、その諜報員達を自白させグリーデンが殺した、というのが犯行を実行した本人から聞いた内容だった。
そして、最後に聞きたい事がまだある。
「今回、この街に来たのはテロの為か? 共和国の諜報員を何人か殺害したのもテロの為の陽動か?」
「そこまで調べてんなら話ははえーな……。
そうだ、俺は旧帝国の諜報員だよ」
グリーデンは私達に向かい、迷わずそう告げる。
退役してから、妻と娘を失ったグリーデンは怒りの矛先を共和国に向けるしかなかった。だから、旧帝国側についたのだという。
右足を奪った私もいるし、怒りをぶつけるのに事欠かない材料が揃っている。
ネクロフィリア(死の芸術家)なんて名前も付いてきてたし、旧帝国の考え方は自分には好都合だったのだとグリーデンは語る。
「まあ、蓋を開けてみりゃ、お前らに捕まっちまったってわけだけどな……。俺自身が死に場所を探してたってのもあったのかもな」
全てを失い、そして、最後は自分の命さえ捨ててしまおうとグリーデンは考えていた。
狂ったようにグリーデンが見えていたのも、自分の命を既に捨てる覚悟でこの街でテロ活動の任務を遂行する為だったからだろう。
結局、こうしてその任務は私達によって阻止されて、その死に場所さえ、自分では選べなくなってしまった。
私は全てを話し終えたグリーデンに向かいゆっくりとこう告げる。
「実はお前に会わせたい人が居てね」
「あん? ……冗談はよせよ、俺に会いたい奴なんてもう誰も残っちゃいねーだろ」
私の言葉にグリーデンは深いため息を吐くとそう告げる。
帝国軍を裏切り、旧帝国側についたグリーデンには何も残ってはいない。かつての仲間とも、戦場で互いに銃を向けあってもおかしくないような生き方を選んだ。
そんな自分に誰が会いたいというのか。
よほどの変わり者か、馬鹿しかいないだろう。
「……それはね、この娘だよ」
だが、私はそんなグリーデンであっても彼女に会えば何か変わるかもしれないと思い会わせる事にした。
私はゆっくりと取り調べ室の扉を開き、外にいる人物へ、入っておいで、と手招きをする。
何も知らされていない彼女は私から言われるがまま、ゆっくりとその部屋に足を踏み入れ始めた。
そこに、誰が居るのか互いに知らないまま。
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